まずはこのオレの経緯から始めることにしよう。なぜ還暦を迎えた男が、今さらネットで身を立てようとしているのか。七転び八起きじゃない。七転八倒だ。
前職は土木施行、土木機械レンタルの会社で、自社開発の機械の開発を行っていた。前々職の経験(地質調査業)を買われて、性能試験をやっていた。外部にコンサルティングを請け負ってくれる方はいたが、社内には他に専従者がいなく、知見も前例もない状態で、まぁ、苦労はしたが、それはそれでも面白かった。
ただ、室内でのデータ取り、まとめをする環境が劣悪で、結構健康を削ってしまった感がある。
2024年夏の終わり、前年もそうだったが「マイコプラズマ肺炎」に罹ってしまった。微熱と咳がずっと続くやつ。それでもオレは若いからよかったのだけれど、それを家に持って帰ってしまったのが良くなかった。
老いた両親はそうじゃなくても、まぁ、それなり、というか、衰えが、コロナ禍で外出をしなくなったあたりから急となり、最初は母に軽度の痴呆が診られるようになり、それを介抱する父はその負担もあり急に衰えるようになった。そこにマイコプラズマ肺炎が来て拍車がかかる。その肺炎こそそれなりに治癒したものの、そこで体力は削られ、マイコプラズマ肺炎が治癒した後の診断で、別の肺炎。今度は間質性肺炎と言われてしまう。
オレは2013年に、母も2020年、心筋梗塞を患っており、父も最初は、心臓の疾患であると思っていたようだが、父の主治医の見立てでは、若い頃に設計士として現場で触れたアスベストが悪さしているのであろうとの事だった。その気になれば、今からでも労災認定を取ることが出来るがどうする? と問われても、しかし、父は、何より自分の若い頃を否定する感じがしたのかもしれない。そう言う事は望まなかった。間質性肺炎。この時主治医には、治癒することはない病であると言われる。あとは、進行をどれだけ抑えられるか、だ、といわれ、来るべきものが来たのかな、というのは本人の弁だった。
2024年末より父の体調は急速に悪化する。母は状況は、もとより、急激な悪化こそないにしろ良くない。オレは欠勤して、どちらかを病院に連れていく、と言うことが増えた。
2025年の3月、いよいよ父は自宅での生活が辛くなり入院。ベッド周辺だけが活動圏と言う生活を50日することになる。その間、母を日中一人で家に居させるわけにはいかず、ショートステイをつなげる形で施設へ。
父が退院したと同時に、夫婦でサービス付き高齢者住宅へ。
4月、オレはもう仕事なんてやっていられなくなっていた。丁度、従事していた開発の仕事は24年秋にひと段落ついており、オレはオレで、膀胱炎(仕事をしていたスペースにトイレがなく我慢することが多かった)が悪化し、まともに仕事も出来るかも怪しくなっていて、会社を辞めた。
父の施設での生活は1か月ほどだった。6月21日、施設より父の血中酸素濃度が急激に低下したので、病院へ救急搬送するというという電話が入る。急いで身支度し、家を出るとき、救急車のサイレンが遠くで聴こえた。幸い、施設は学区内の生活圏内だったので、あれが、親父を運んでるんだろうか、と思ったものだが。
それから9日間が父の最期の時間だった。
まぁ、珍しいことではないが、みんな老いる。母は存命だが、とてもオレ一人では手に負えない。そもそもオレ自身、自分の事が手に余っている。
正直、勤めに出られる自信がない。主に体調面で。みっともない話だがトイレがやたら近い。母の事もあるが、それは極近場に勤め先が見つかれば何とかなる事ではある。
そう思い、出来るだけ、リモートが可能な職を、と探してみるけれど、年齢が引っかかる。つい最近還暦を迎えた。
無い。雇われることを前提にする限り。
何か糧にできることは無かろうか?
心のどこかで、これが商売にできればなぁ、と、ずっと思いながらも、やはりちょっと大きな問題を抱えたものが一つ。いや、二つ。
ネットに挙げたものだけで9000を超える絵と、人とはなんかちょっと違う思考回路を持つらしいことが勝手に発露してしまう文章。
これで、この後身を立てていけないものだろうか?
そして、幸い、この時代になって、AIなんて言うものがあったのである。使えるもんは使う。ここからが実況だ。『七転八倒』を始める。って、ずっとそうだったんだがな。

0 件のコメント:
コメントを投稿