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2026年1月30日金曜日

「責任ある積極財政」と言うフレーズが胡散臭い 1


   「責任ある積極財政」と言うフレーズが胡散臭くて仕方ない。


  トリクルダウンはお花畑、とまでいうこともない、財政出動で経済拡大というが、仕事を受けた企業、そこからの外注、下請け、そこから給与として支払われたり、精々孫請けまで支払われたら、そこから先に波及していくことはないのだと、こと、今の日本では、そう言っていいのではないか?


  整理してみよう。

  財政出動が経済拡大には至らず、が途中で止まる理由は、お金の流れは、発注 → 元請 → 下請 → 孫請 → 給与、ここまでは確かに存在する。問題はその先だ。

  まず、家計に渡った瞬間、貯蓄・防御に吸われる。給与として受け取った側が、将来不安(年金・医療・雇用)、物価上昇への警戒、税・社会保険料の重さ、これらのせいで、お金というのが、消費ではなく「溜め込む」「返済する」に回ってしまうのだ。従って、乗数効果が立ち上がらない。

  企業側も内部留保で止めるだろう。受注した企業も、次の需要が見えなければ、人を増やすのがリスクだ。賃上げは一度やると戻せないのだから。結果、設備投資や雇用拡大に回さず内部留保。ここでも循環が断絶する。


  サプライチェーンも「細り切っている」。昔は孫請けの先に、町工場や商店街があったものだが、今はそこがもう消滅または良くて限界状態だ。「波及しない」のではなく、「波及先がもう存在しない」。

  もうね、トリクルダウンのあるなし以前の問題だ。財政出動を水と例えるなら、その水が、途中で地中に吸い込まれているようなものだ。これは思想の問題じゃなく、構造の問題だ。

  今の日本で財政出動をちゃんと効かせるには、使わないと損する形、期限付き給付を行う事、直接家計に届く形にすること、固定費を下げる形(教育・医療・住宅)にもっていくこと等を行い、「循環を強制する設計」が要る。単に「公共事業やりました」では、元請けと帳簿だけが潤って終わってしまう。


  今の日本では、財政出動は“景気刺激”ではなく、“崩壊速度を遅らせる延命措置”になっている。


「株価至上主義的政策の是非」に続く