ラベル auto の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル auto の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年5月11日月曜日

2026年4月29日水曜日

小説や、映画、漫画に出てきた、あのバイクやクルマ 3

 The Fast and the Furious X3 Tokyo Drift


9146 Veilside Fortune FD3S _11

Veilside Fortine FD3S
Han (Sung Kang)
The Fast and the Furious X3 Tokyo Drift

 当地出身の柴田理恵氏はハリウッド女優と言えるのかどうか? と、chatGPTに尋ねてみたら、「いや、そりゃ、ムリっしょ」との事だった。あ、やぱし?

 サン・カン氏演じるハンの「Veilside Fortune FD3S」がカッコよかった、以外、かの映画、文字に起こすことがないんですよ。困った。だって、まず、あらすじで言えば、もう王道のハリウッド活劇を踏襲している。「トップ・ガン」の一作目とか「ベストキッズ」あたりとか、いやもっと適切な例がゴロゴロありそうじゃん。
 それとも、現実のものではない、異世界線の「トーキョー」について書くか? いろいろ突っ込みどころが多すぎて、早い内に、ああ、これはこれでこういう世界観ね、と、有無も言わせず観客を巻き込んでいく感じ。

 どっちもそれなりに文字数は行けそうだけど、そうじゃないんだよなぁ。最初の第一作からして、いい意味で雑なB級風味の娯楽に極振り映画で、一つには「サーキットの狼」と同じ、ミニカーぶちまけたような楽しさが魅力だった。
 でも、割と記憶の棚の目立つところに置かれている理由と言うのは、そこじゃないんだ。

 どこだろう。「Veilside Fortune FD3S」から辿っていくことにしようか。
 鮮烈なスカーレットだったドミニク・トレットのFD3Sとは対照的に、ハンのそれは夕焼けのようなオレンジと黒のツートン。Veilsideが本来リリースしたガンメタと黒に近いブルーから、さらに独自の色味に染め上げられたその姿は、シリーズ中に登場する数多の改造車の中でも、ひときわ「コンプリートカー」としての完成度と異物感を放っている。他のクルマが「速さ」や「派手さ」を競う中で、このFDだけは「自分であること」を主張しているように見えた。そして、常にアウェイであることが宿命づけられているようにも。

 ハン・ルーという男もまた、そうだった。 作品世界の時系列では『Tokyo Drift』より前のエピソードで既にドミニクの「family」に加わっていたはずなのに、彼はどこか一歩引いた位置にいた。嫌われてはいない。むしろ好かれている。だが、完全に溶け込んではいない。居心地の悪さを、薄い笑みで誤魔化しているような、そんな距離感。

 終盤で因縁をつけられ、後に味方になるデッカード・ショウ(ジェイソン・ステイサム)や、ドミニクの弟ジェイコブ(ジョン・シナ)も含め、俺がこのシリーズで特に好きなキャラクターたちは、皆どこか「屈託」を抱えている。完璧に「family」の一員になれない者たちだ。
 実はハン・ルーは、ジャスティン・リンとサン・カンが『Better Luck Tomorrow』で生み出したキャラクターだったという。優秀なアジア系アメリカ人の青年が、徐々に社会の枠組みからずれ落ちていく物語。そこで培われた「ずっとアウェイであること」の感覚が、そのまま『Fast & Furious』シリーズに横滑りしてきた。 ハンにとって東京は、二重の意味で異世界だった。
 アメリカ人にとっての異国であると同時に、彼自身にとっても「馴染めない場所」であり続けた。

 Veilside Fortune FD3Sが、東京の街を疾走しながらも、どこか浮いているように見えるのと同じように。 レベッカがハーレーに跨がった瞬間だけ「自分の時間」を生きていたように、ハンもまた、FD3Sのステアリングを握り、夜の東京をドリフトする短い時間の中でだけ、誰の「family」にも属さない、静かな居場所を見つけていたのかもしれない。 完璧に溶け込めない者、常に少しだけアウェイに立っている者——そういう人間の、ささやかな美学と居心地の悪さが、俺は妙に好きらしい。



2026年4月27日月曜日

9137 SCG003S

 

9137 SCG003S

小説や、映画、漫画に出てきた、あのバイクやクルマ 2

 


9144 ZN6 _14

ZN6
Kanata Katagiri
in “MF Ghost”
&
Lotus Europe Special
Yuya Fubuki
in “The Wolf on Circuit”
Hakone

ZN6 (MFゴースト)

 「MFゴースト」の連載が始まった時、箱根界隈が火山性の有毒ガスで人が住めなくたった所を、クローズドコースとしてレースイベントに供されるなんて言う、何たる設定!と思ったが、同時に、今時そう言う事にでもしなければ、公道をクルマが飛ばすという表現なんてできないんだろうな、瞬時に理解できた。

 しげの秀一氏とヤングマガジンの編集者が企画をまとめるとき、下敷きに、「サーキットの狼」の「公道グランプリ」が念頭にあったとしても、即座にそんなの今の時代無理、となったに違いない。
 もう、あれは色々と今の時代ダメだ。

 暴走族、と言っても現在のそれと限りなく近似ではあるが、ニュアンスがどこか決定的に違うのだが、そういうグループが共同で主催していると言うレース。グループ間で諍いもあり、そこがどこか本宮ひろし的と言うか少年ジャンプ的と言うか、昭和40年代的と言うか。
 その中で、準主人公が率いるチームが「ナチス軍」ですよ。もうね、言葉を募る必要はなさそうだ。
 そういう連中が、昼の日中、一般人が生活しているような道路でレースしようと言うのだから、今考えれば、よくそんな漫画、天下の集英社の雑誌で連載できたものだ。

 「MFゴースト」の前作「イニシャルD」や、しげの秀一氏でいうなら「バリバリ伝説」だってそうだ。街中の一般人の間をすり抜けるようなものではない、夜の峠道でタイヤをアスファルトに擦り込むようなことも、もうコンプライアンス的にアウト。

 そんな中での苦肉の設定だったのだ、MFGというのは。


 正直な話をしよう。「MFゴースト」、既に連載は終了していて、同じ世界観の次の話に移行しているが、まぁ、それはそれとして楽しかった。でも、そうやって、コンプライアンスの問題を回避しても落とし穴があったのではないか?

 この3月の事だ。当地で、時速140~150キロ、ノーブレーキで赤信号の交差点に進入した馬鹿野郎の赤のシビックタイプRが親子ふたりを殺してしまったと言う事故があった。
 この馬鹿野郎が「MFゴースト」を読んでいたかどうかは分らない。まぁ、多分読んでたんだろうな。

 オレもフツーに男の子やってきたわけで、若いうちにイキった気持ちになることもわかる。オレの場合はかなりビビりだったので、そうそうアクセルを開けるということはほとんどなかったと思うのだが、そうであっても、若い時のそう言う感じは否定しきれない。

 否定しきれないが、そんな結果への想像力がなかったというのがやるせない。


 「イニシャルD」から「MFゴースト」までの作中で、尤もひどい事故は、池谷先輩のS13の事故だろうと思う。細かいクラッシュは他にもあったし、MFD中に高価格スーパーカーのクラッシュもあったが、池谷先輩以上に人身に関る事故と言うものはなかった。

 しげの作品で言えば「バリバリ伝説」で聖秀吉が事故死している。事故死はしているが、加害者になってしまう、という状況、しげの作品にも、池沢作品にも、他数多ある、クルマや単車がテーマの作品にも出てくることはない。エンターテイメントでは限界がある。そうなってしまうと、個々の車種とか、そう言ったことへの偏愛も全部吹っ飛んでしまうので、無理はない、と言ってしまっては無理はない。

 ただ、漫画、映画をみて、そう言うものに熱を持ったものに、誰かがそう言う事を言ってやらなければいけないのか?


 結果だ。当局や社会によってとりあげられてしまう、すっかり熱が死んでしまう、か、無責任、無知、無自覚にアクセルを開けるか、どちらかしかなくなり、中間、というか、自らを厳しく律しながらもそう言うものが止められないし止めない、という選択肢が見えなくなってしまう。

 作家や、出版社、映画外車などの権利者は商売だから、過度にそこに注力することもできないし、物語の作りを考えたら、クルマや単車への偏愛は真っ先にはじき出されて別の物語になってしまう。
 受け手は受け手で、気持ちいいもの盛り上がれるものしか選ばない。

 やがてこの分野、萎んでいく未来しか想像できない。だが、想像力が再び燃料になる可能性も、ゼロではない。 見たくないものもにも目が行く、想像力が働く社会になればいいんだがな。


2026年4月26日日曜日

小説や、映画、漫画に出てきた、あのバイクやクルマ 1 Lotus Europe Special


9143 Lotus Europe Special_8 

 箱根、小田原、真鶴、熱海界隈で、馬力に劣るクルマで主人公が、ハイパワーのクルマ追い回すなんていうのは、まるっきり「サーキットの狼」の「公道グランプリ」だよね、と、「MFゴースト」を観て思ったりする。そう思っている人は少なくはないとは思うのだが、それを指摘する声と言うのは、ネットでは確認する限りごく少数だ。関連付けて詳述するページとなると尚更。結構面白いネタだとは思うが、理屈っぽくなってダメなのかな。

 思い立ち、「公道グランプリ」と「MFG」全五戦、地図に落としてみた。態々GoogleMapじゃなくて、国土地理院の地図にね。自力で。地図をつないでまでして。



 AIで、こういうの、パッと作ってくれるもの探したんだが、見つからず。もっとよく探して課金すれば出来たのかもしれないが、自分でやった方が手っ取り早いと思った。あと、こんな感じの作図するときは、GoogleMapより地理院の地図の方が好きなのよ。

 閑話休題。

 しげの秀一氏が編集者と、「イニシャルD」後の連載の検討を行った時に、かつて70年代、集英社の少年ジャンプで連載されていたものを、21世紀に講談社のヤングマガジンでリブートしよう、と言う考えに至ったのかもしれぬ。

 コースを見ると、MFGでは芦ノ湖より西はカバーしていない。ひょっとしたら構想時にはあったかもしれないが、だらだら御殿場市内一直線に走ってもしょうがないしな、と言うことがあったのかもしれない。

9134 S2000 _1 retake

 

9134 S2000 _1 retake

2026年4月24日金曜日

日産の迷走

 

9130 N13 Pulsar 1.8GTi

1986年にモデルチェンジで登場したN13パルサー。かっちり整理されたエッジが効いたデザインが結構好きだった。GTi-Rが設定されたのは、これの一個後のモデルだ。 実際、ゴルフのGTi、プジョー204、カローラFX、ワンダー、グランド、スポーツシビック、ファミリアスポルトにタメ張って、何なら充分勝てそうな感じだったのに、売り方が中途半端で、埋もれてしまった。 これに妄想で、プジョー306maxiのエアロかましてみました、と言う画像です。 これやってたら、スカイラインやZ、シルビア並みに語り草のJDMになり得たのになぁ。なんで、それだけポテンシャルがあったものを、どぶに捨てるような扱いをやったんだ、日産は? という話題。 日産には、代々、変な挙動がある。割り切った潔いコンセプト、牙を研いだようなコンセプトで当たったと思ったら、次のモデルチェンジで牙を抜く。で、売れなくなる。すると慌てて牙をとってつける。その最たるものがスカイライン。 C110にラインナップされていたGT-R。高価なDOHCが搭載されていたが、これはまぁ、オイルショックなんかもあったら仕方ない。C210では、結局DOHC搭載モデルは現れず、他にいろいろ負け前だったので、しょうがないからターボ付けてみました。燃費が云々って何か頓珍漢な言い訳しつつ。でも、C210はまだいいのです。販売台数は、その後も含め一番売れたのだから。 トヨタに「DOHCついてないのにGTなんて言ってんじゃねぇよ」と煽られ出たのがR30のRS。結構伝説になりました。 で、その次が「都市工学」とか言って牙抜かれたR31の前期型。売れなかったようです。慌てて出した2ドアのGTS。何とか面目を保つが・・・。 R32で走りに振って、R33で狭いからと薄らデカくして評判落とし、R34で元に戻し・・・ V35以降迷走はさらにひどくなり、V37で400Rを出して、何とか面目を保ってて・・・。 傍目にはそう言う風に見えるのだが、内部的に市場調査などの資料ではどうなってたんだろうねぇ? シルビアもそうだったし、SUVではあるがX-trailも初代のなんと潔いコンセプト。ツール感がカッコよかったのに、なんか変に大型化高級化しちゃって。 傍目には、日産はコアなブランドファンを、まず最初に斬り落としに来るイメージがある。まぁ、ファンだからと言って、一人で10台買ってくれるわけでもないからねぇ。それは仕方ないのか。圧倒的に売れているわけでないのなら、そんな判断もしてしまうのか。 代々日産の経営陣は2派に分かれていて、現場のイケイケ派と、通産省→経産省への忖度派、とのことだ。 現在は資本的に何の関連はないが、かつて日産自動車は、国策企業グループ日産の一角だった。そのころから、お上の顔色をうかがうのが国内のメーカーで一番得意だったのだそうな。 若い奴が、速いクルマに乗ってドヤ顔しているのを、官僚はひどく嫌うようだ。それを忖度しての、こんな挙動。 まぁ、結局、首が回らなくなった大きな原因の一つになったのは間違いないと思うがね。 もう、ね、ネットでも、今後の日産に期待する声も聞かれなくなった。どうなるんかね?


2026年4月22日水曜日

還暦男、七転八倒 --元地質調査技師が、第2の人生を掘り起こす話 1


9138 Subaru 1000

 父の最初の愛車は、スバル1000、画像と同じ色の物だった。敦賀松葉の社宅にて、夜、オレや生まれたばかりの妹が寝た後、若い夫婦は二人してカーテンの端から外を覗いては、停まっているスバルを見てニタニタしていたそうだ。少し父の事を書いてたら、せっかくだからスバル1000の絵を描いておこうと思い立った。

9123 NSX E-NA1 _17

9123 NSX E-NA1 _17

 

2026年4月20日月曜日

2026年4月15日水曜日

昏い興奮について ——ニーチェと空冷の哲学

 

9122 930 RSR 1974


一日中、ジメっとした雨が降り続いた挙句の、夕方の一瞬の晴れ空——ニーチェを読む体験を喩えるなら、それに近い。「挙句の」という言葉が肝心で、晴れだけがあっても意味をなさない。一日分の昏さが積み重なっているからこそ、その裂け目に異様な重みが宿る。


ポルシェ・カレラRSRの古い写真を見た。1974年モデル、おそらくIMSAかSCCAのレース仕様。退色して黄ばんでいたが、Photoshopでひと手間かけると色が戻り、ついでに絵にしたくなって、ざっと仕上げた。ポルシェだし、しかも空冷モデルだ。ニーチェについて何か書いて、合わせてみよう——と思ったのは自然な流れだった。ポルシェからニーチェへの連想については、以前ハイデガーも絡めて文章にしたことがある。


水冷になり、近年の最新モデルになると——これはポルシェに限らず、ハイパワーなスーパーカー全般に言えることだが——何やらアラブのオイルマネーや東アジアの新興リッチへの供物になってしまった感があり、正直、興味が薄れた。思い込みではあるのだが。


さて、ニーチェについて書こうと、安易にネットで「ニーチェの言葉」と検索したのが間違いだった。


ニーチェでなければならない理由——若い頃に彼を読んだときのあの感覚が、ネット向けに成形された断片からはごっそりそぎ落とされている。


昏い興奮。これこそがニーチェの、ニーチェを読む体験の、核だと思っている。


「名言集」に並ぶニーチェの言葉は、角が取れて「前向きな自己啓発」としてパッケージ化されがちだ。だが、彼の思想のもっともスリリングで危険な部分はどこへ消えてしまったのか。ニーチェの核にあるのは、調和や平穏ではなく、粘性のある、しかし圧倒的なエネルギーを伴う「生への執着」ではなかったか。明るけりゃいいという表層的な楽天主義、ポジティブシンキングのような浅い解釈とは正反対のところで、ニーチェの本質が脈打っているはずだ。


世間一般で言われる「明るさ」や「ポジティブさ」は、往々にして苦痛や矛盾から目を逸らすための鎮痛剤に過ぎない。ニーチェが唾棄したのは、そのような「弱者のための安らぎ」だった。名言集は「力強く生きろ」とか「価値を創造せよ」といった、消費しやすい部分だけをピックアップして「答え」を提示しようとするが、文脈を切り離すと、ニーチェが本当に言いたかった昏さ——苦悩を通じた陶酔、ルサンチマンの批判、虚無の底からの肯定——がすっぽり抜け落ち、自己啓発の語彙に改変されてしまう。


ニーチェの書物は「問い」を突きつけ、読者の精神を揺さぶり、時には破壊しようとする。彼の文体は論理というより、情動や生理に訴えかけるものだ。あの「昏い興奮」は、前後の文脈や、既存の価値観をハンマーで叩き壊していく破壊のプロセスを共に歩まなければ、決して体感できない。


劇薬を薄めて栄養ドリンクとして売っているのが名言集だとしたら、原液にあるのは、飲む者を狂わせるほどの、毒を含んだ劇烈な生の肯定だ。

「明るけりゃいい」という薄っぺらなオプティミズムを拒絶し、昏い闇や痛みの中にこそ自分を焼き尽くすような悦びを見出す。その「残酷なまでの肯定」こそが、ニーチェが本当に伝えたかったことなのだと思う。


処女作『悲劇の誕生』(1872年)でニーチェは、ギリシャ悲劇の源泉をアポロン的とディオニュソス的の二つの衝動として描いている。アポロン的とは夢のような美しい仮象、個の輪郭を明確に保つ秩序、造形芸術的な明晰さ——光の領域、理性と形式が支配する世界だ。対してディオニュソス的とは、陶酔、忘我、個体化の原理が破壊される興奮。春の衝動、酒、音楽、リズムがもたらす境界の溶解。人間と自然が一つになる恍惚と同時に、根源的な苦痛と破壊の感覚が伴う。まさに「昏い興奮」そのものだ。


ニーチェはここで、ギリシャ人がディオニュソス祭の乱舞や恍惚を通じて、存在の深淵——生と死、創造と破壊の循環——を直視しつつ、それでも「Yes」と言える力を悲劇に宿らせたと論じている。ディオニュソス的な興奮は、ただの「楽しい酔い」ではない。個の崩壊を伴う恐怖と歓喜の合一だ。明るいだけの世界観——ソクラテス的な合理主義やキリスト教的な救済幻想——を拒絶し、暗い側面を含んだ生の全体を肯定する態度こそが、ニーチェの核にある。


後期の思想、永劫回帰、力への意志、超人にも、このディオニュソス的要素は色濃く残っている。「ディオニュソス的肯定」とは、人生の最も過酷な問い——苦痛、虚無、果てしない繰り返し——さえも含めて、世界をそのまま丸ごと肯定する姿勢だ。「明るけりゃいい」ではなく、昏さと混沌こそが生の真の活力源だという逆説。


十年ちょっと前だったか、経営学のドラッカー、心理学のアドラーときて、その流れで俄かにニーチェ本がいくつか出版された。当世のニーチェ研究者たちの著作を斜め読みしていて、恐れ多くも、いや、それはないんじゃないか、という違和感がぬぐえなかった。


昏い興奮——ディオニュソス的な個の崩壊、苦痛と歓喜が溶け合う陶酔、永劫回帰の重苦しい肯定——が完全に抜け落ちているではないか。分かっている人間が、そんなことやっていていいのか、と。


ニーチェは本質的に、一人で部屋にこもって暗がりをじっくり味わう人間のための哲学だ。テレビゲームもスマホもSNSもない時代に、病弱で孤独で、激しい頭痛と吐き気に苛まれながら、ほとんど一人で思索を深めていた男が書いたものなのだから。彼の文章は、明るい居酒屋でワイワイ議論するためのものではなく、夜中に電気を消して、ただ一人で机に向かい、虚無や混沌や生の深淵を直視させるためのものだ。


さて、ここから空冷ポルシェに話を戻す。


永劫回帰とは、サーキットをぐるぐると何周も周回するようなものかもしれない。同じコーナー、同じ立ち上がり、同じストレート——それを無限に繰り返すことに、恐怖ではなく肯定を見出せるか。それがニーチェの問いだ。


バタイユがヤマハTZや古いスターレットなら、ニーチェは空冷ポルシェだ。どちらも昏い興奮の哲学者だが、バタイユの昏さは消耗へ向かう——エロスと死、蕩尽、限界体験。ニーチェの昏さはそこから帰ってくる。深淵を覗き込んで、なお走り続ける。空冷フラットシックスのあの乾いた咆哮のように、不合理で、粗く、しかし紛れもなく生きている。

9049 Mustang VII GTD

 

9049 Mustang VII GTD