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2025年6月29日日曜日

「贈与」に至る/あらかじめ組み込まれた自壊のプログラム?1富の偏在の現状

  アンパンマンについて、何やらごちゃごちゃ書いたが、アンパンマンの事について、今更気が行ってしまったのは、丁度オレが、今のこの世の何とも言えない行き詰まり感を何とか出来る鍵が「贈与」にあるように思い、それについていろいろ読んだり考察したりしていた所為がある、と言うようなことは書いた。

 そこに至る過程を、開陳したいと思う。




 聞いたことあるでしょ? 日本のみならず、全世界を通して富というのは、ちょっと想像を絶するくらいに偏在しているということを。怒りを覚えたり、怒りすらわかず呆れたり、あまりの偏り具合に多分フィクションの類のものだろうと興味を失ったり。んで、ちらっと、ホントちらっとだけ思ったはずだ。どうせそんな馬鹿みたいに金持ってても使いきれないんだろうから、ビンボーなやつにまわしてやれよ、と。そこまで思って、その話題は意識からそれていった、ということが多いのではないか? だって、そんなのは自分の今の暮らし向きとは全然世界が違う。自分が興味を持つべきところは他にあるはずだと。

 あの話、正確なところはどういう数字だったか思い出してみる。


 現在、世界の富の不均衡を示す代表的な統計として、次のような事実がある。

  • 世界の最富裕層1%が、世界全体の富の47.5%を保有している
    UBSの「Global Wealth Report 2024」によれば、2023年時点で、資産100万ドル以上を持つ上位1%の人々が、世界の総資産の47.5%(約214兆ドル)を所有しています。 Inequality.org

  • 最富裕層1%が、世界の下位95%の人々よりも多くの富を保有している
    Oxfamの分析によると、世界の最富裕層1%は、世界人口の下位95%を合わせたよりも多くの富を所有しています。 Oxfam International

 100人いたとして、その内の一人だけが超金持ちで、ありえない話だが、そこに100万円あったとしたら、その内47万5千円をその金持ちが持っている。残りの99人の平均所持金が5300円ちょっと、という世界。
 または、金持ちの上から5人で、51万円、上でその内47万5千円は1番金持ちが持っているのだから、2番目から5番目までの4人で平均8750円持っていて、後の95人は平均5160円も持っていない世界、ということだ。
 為替とか何とかあるから、そこまで単純な話ではないのだろうが、ぶっちゃければそう言う意味である。

 この99人なり、95人の中でも内訳はいろいろあって、それでも何とか衣食住にありつけている人もいれば、文字通りの素寒貧、食うものもない人だって多数いるということに思いあたるべきだ。
 これらの統計は、世界の富がごく少数の超富裕層に集中していることを示していて、経済的不平等の深刻さを物語っている。この偏りがよりによって平均5000円ちょっとしか持たない者から、今もなお絶賛吸い上げ中という仕組みの上で出来上がっていることだからだ。

 このような不均衡を是正するために、国際的な課税制度の整備や富裕層への課税強化などの議論が進められているらしいが。


 先ごろ、自分の死後という時期を、その偏りの深刻さに2030年への前倒しを決めて、全資産を寄付するとビル・ゲイツ氏が表明したことがニュースになっていたが、ゲイツ氏とウォーレン・バフェット氏が極めて例外的で、他にそう言う話は、ほとんど聞かない。
 そのような富など、一生どころか、孫くらいまでも使いきれないと思うのだが、なぜ、そのような富を分配するとか考えないのだろう。思考とか論理ってどんなものなのだろう?
 これは、経済的な欲望以上に、人間の心理、社会的地位、そして世界のシステムそのものに根ざしたものではないかと思う。いくつかの観点から考えてみる。

1. 「限界効用」ではなく、「相対的地位」がモチベーションになる。

 普通は、富の「限界効用」(お金が増えるほど嬉しさが減っていく)によって、ある程度で満足するのが自然じゃないかと思ってしまうが、そうじゃないらしい。超富裕層の多くは「他人より上かどうか」が価値の指標になっていて、富そのものが「ゲームのスコア」のような感覚になっているんじゃないかと感じられる。つまり「誰よりも多く持っていたい」「ランキングを下げたくない」、ってことか?


2. 資本主義の仕組みに最適化された思考

 資本主義社会というのは、資本(株・不動産・事業など)を持つ人は持たざる者よりも指数関数的に富が増える設計だ。逆に言うと、「持っている者がさらに持つ」ことが自然な帰結となるため、富を再分配するのは“非効率”と見なされがち、となる。


3. 「トリクルダウン理論」への信仰

 一部の富裕層や経済学者は、「富裕層が豊かになることで投資や雇用が増え、貧困層にも恩恵が波及する」と信じているらしい(いわゆるトリクルダウン)。実際にはその効果は証明されておらず、寧ろ、近年は否定的な見解が主流。それでも“自分の富は社会のためになっている”という正当化がされているようだ。


4. 不安と自己正当化

 この社会は「いつか崩れるかもしれない」「失うかもしれない」という恐怖から、“もっと備えておくべき”という心理も働くのだろう。オレもそうするかもしれない。また、「自分は努力して勝ち取った」「社会に貢献した」という自負が、再分配に対する反感につながることもあるかもね。

5.エラくなりたいんだよ、誰ぞやみたいに。富は単なる個人の贅沢の手段だけではなく、「政治的影響力」や「文化的支配力」にも直結するから。つまり 富が「支配手段」になる。そう言う向きには、慈善や再分配は、力を手放す行為とみなされ、むしろ抵抗を生むこともあるだろう。

6. ビル・ゲイツやウォーレン・バフェットそれでも寄付や再分配を考える人もいる。「ギビング・プレッジ」っていうらしいけれど。問題は、それも「国家による強制」ではなく、“自分のコントロール下で行う”再分配であるという点にある。制度としてはそんなものはどこにも存在していない、という事だ。