棚卸をしてみた
何を売っていこうというのか? 何が武器になる?
棚卸をしてみよう。
絵といっても、結構問題を抱えていて。一言で言うと、写真のトレースと言われてしまうと、それで終わってしまう。モチーフは、単車、クルマ、女性、他。
若い時は、透明、不透明水彩を、あらかじめ水張りした画用紙に、面相筆を多用して描いていたものだ。息を止めてやる場面が多く、何かいろいろ削っている感覚があった。とはいえ、若かったし、当時はそんなひどい作業でもなかったが、今やったら死ぬ。
思えば、絵の嗜好というかなんというか、子供の時から家にあった絵と言うのは、設計士である父が描いた建築パースだったというのが結構影響しているような気がしている。
よほど鍛錬を積んだ精神と技術によるものでない限り、心象風景、しかも抽象になればなるほど、評価軸を持てなくなる。分からない。興味がない。そこらのアーティスト気取りが何かやってても、あーはい、そうですか、以上の言葉が出てこない。部分的にちりばめられたもので構わない。バンクシーの作品のようなあんな感じで構わない。ソリッドな形がないと、その絵に入っていけない、ようなところがあるが、考えてみたら、色彩の多様さがあれば、そうでもないかもな、と思ったりもする。ただ、無垢な精神の発露、と言うものにはあまり価値を感じない、なんて偉そうに言わずとも、好みじゃない。ソリッドな線が欲しい。そうでなければ鍛錬の末の確信を込めた原色か。
高校生の時、大瀧詠一の「A Long Vacation」のジャケ絵を描いた永井博氏の、シルクスクリーンだったと思うが、作品群が好きだった。革新的に割り切られた色彩は、あの時代の物だったかと思う。
美術史的なことは分からないが、永井氏の作品はその範疇に入ることはないけれど、パンクアートが同時代に存在したそんな感じだと思う。漫画家なのにいつの間にか漫画描かなくなってイラストばかりになった江口寿史氏とか。
それとは別に、高校の選択美術の教科書に載っていた、「Tom Blackwell」と「Robert Rauschenberg 」の作品が好きだった。
ほら、だから、必ずしも、ソリッドじゃなくてもいいんだよ。なぜ、ラウシェンバーグが好きだったのか、何故、はいまだにわからないが、あのガサガサとした感じは好きだったかな。
それよりも、トム・ブラックウェルだ。教科書に載っていたのは、ホンダのCB250exportと言われる、二気筒のバイク。富山近代美術館には、「J.B.Triumph」という、トライアンフのチョッパーの絵が所蔵されていた。
ド、ピーカンの青空の下なんだろう、クロムパーツにはその青が描かれた、リアルな単車の絵。刺さったねぇ。撃ち抜かれたねぇ。
バイクの絵と言う事なら、摺本好作氏とか池田和弘氏の水彩も好きだった。
結局のところ、オレが欲しかったのは「現実よりも、現実らしい硬質な瞬間」だった。 トム・ブラックウェルのような、あの撃ち抜かれるようなクロムの輝きを、自分の手で再現したかった。
そのあたりで、陽と陰がぱっきり別れている絵が好きだったのだが、東山魁夷の無段階のグラデーションに惹かれてしまった瞬間があった。そして、黒ベタの陰影の表現ではなく、影にも闇にも表情がある、そういう表現も載せたくなった。
が、ここで残酷な現実(反省)にぶち当たる。
PC、photoshopを使うようになったのは、最初はアナログに拘りたかったけれど、きっと手数で駆逐されてしまう。悔しがるであろう自分が容易に想像できたので、それならば自分でやってやろうと思ったから。
オレはトム・ブラックウェルではない。 アナログで面相筆を握り、息を止めて、一筆一筆に魂を削り、何百時間もかけてキャンバスに向かう……。若き日に、すでにその情熱が敗れ去る場面を想像してしまったのだ。
最初は、Photoshopという暗室に逃げ込んだ。 現実を写し取った「写真」をベースに、それを自分の理想の色と線で再構築する。 20パス、30パスと重ねる、執拗なまでの「修正」作業。行きついた形だが、その執拗さがこの世には他にないのだという事だ。
そうやって、ずっと、なんか違う、こうじゃないと言う思いを抱きながら9000枚余。「トレスと言われたらお終い」という恐怖を、数で塗りつぶそうとしていたのだろうか? 自分の事なのに判然としない。
別に今まで描いた物を売ろうというわけではない。このやり方で何かできればそれで充分、とは思っている。というのも、今までのものでお金が絡んでしまうと、いろいろ権利関係が面倒くさいという、極めて現実の問題がある。
今までこれだけ描いておいて、アフィリエイトも含め一銭も収益につながっていない。逆に言うと、だからお目こぼしにあずかっているのかもしれない、と言う事なのかもしれぬ。

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