2026年5月1日金曜日
2026年4月29日水曜日
小説や、映画、漫画に出てきた、あのバイクやクルマ 3
The Fast and the Furious X3 Tokyo Drift

2026年4月28日火曜日
小説や、映画、漫画に出てきた、あのバイクやクルマ 3
La Motocyclette
「La Motocyclette」について、何か書こうと思ったが、人の書いたエロについて、特に思うことが浮かばないことに気がついた。ペドフィリアこそ唾棄するべきと考えているが、それ以外他人様の性嗜好について、特に思うことはない、の延長で、やるのは好きだが聞くのは、又は視るのはそれほど好きと言うわけではない。
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2026年4月27日月曜日
小説や、映画、漫画に出てきた、あのバイクやクルマ 2
ZN6 (MFゴースト)
「MFゴースト」の連載が始まった時、箱根界隈が火山性の有毒ガスで人が住めなくたった所を、クローズドコースとしてレースイベントに供されるなんて言う、何たる設定!と思ったが、同時に、今時そう言う事にでもしなければ、公道をクルマが飛ばすという表現なんてできないんだろうな、瞬時に理解できた。
しげの秀一氏とヤングマガジンの編集者が企画をまとめるとき、下敷きに、「サーキットの狼」の「公道グランプリ」が念頭にあったとしても、即座にそんなの今の時代無理、となったに違いない。 もう、あれは色々と今の時代ダメだ。
暴走族、と言っても現在のそれと限りなく近似ではあるが、ニュアンスがどこか決定的に違うのだが、そういうグループが共同で主催していると言うレース。グループ間で諍いもあり、そこがどこか本宮ひろし的と言うか少年ジャンプ的と言うか、昭和40年代的と言うか。 その中で、準主人公が率いるチームが「ナチス軍」ですよ。もうね、言葉を募る必要はなさそうだ。 そういう連中が、昼の日中、一般人が生活しているような道路でレースしようと言うのだから、今考えれば、よくそんな漫画、天下の集英社の雑誌で連載できたものだ。
「MFゴースト」の前作「イニシャルD」や、しげの秀一氏でいうなら「バリバリ伝説」だってそうだ。街中の一般人の間をすり抜けるようなものではない、夜の峠道でタイヤをアスファルトに擦り込むようなことも、もうコンプライアンス的にアウト。
そんな中での苦肉の設定だったのだ、MFGというのは。
正直な話をしよう。「MFゴースト」、既に連載は終了していて、同じ世界観の次の話に移行しているが、まぁ、それはそれとして楽しかった。でも、そうやって、コンプライアンスの問題を回避しても落とし穴があったのではないか?
この3月の事だ。当地で、時速140~150キロ、ノーブレーキで赤信号の交差点に進入した馬鹿野郎の赤のシビックタイプRが親子ふたりを殺してしまったと言う事故があった。 この馬鹿野郎が「MFゴースト」を読んでいたかどうかは分らない。まぁ、多分読んでたんだろうな。
オレもフツーに男の子やってきたわけで、若いうちにイキった気持ちになることもわかる。オレの場合はかなりビビりだったので、そうそうアクセルを開けるということはほとんどなかったと思うのだが、そうであっても、若い時のそう言う感じは否定しきれない。
否定しきれないが、そんな結果への想像力がなかったというのがやるせない。
「イニシャルD」から「MFゴースト」までの作中で、尤もひどい事故は、池谷先輩のS13の事故だろうと思う。細かいクラッシュは他にもあったし、MFD中に高価格スーパーカーのクラッシュもあったが、池谷先輩以上に人身に関る事故と言うものはなかった。
しげの作品で言えば「バリバリ伝説」で聖秀吉が事故死している。事故死はしているが、加害者になってしまう、という状況、しげの作品にも、池沢作品にも、他数多ある、クルマや単車がテーマの作品にも出てくることはない。エンターテイメントでは限界がある。そうなってしまうと、個々の車種とか、そう言ったことへの偏愛も全部吹っ飛んでしまうので、無理はない、と言ってしまっては無理はない。
ただ、漫画、映画をみて、そう言うものに熱を持ったものに、誰かがそう言う事を言ってやらなければいけないのか?
結果だ。当局や社会によってとりあげられてしまう、すっかり熱が死んでしまう、か、無責任、無知、無自覚にアクセルを開けるか、どちらかしかなくなり、中間、というか、自らを厳しく律しながらもそう言うものが止められないし止めない、という選択肢が見えなくなってしまう。
作家や、出版社、映画外車などの権利者は商売だから、過度にそこに注力することもできないし、物語の作りを考えたら、クルマや単車への偏愛は真っ先にはじき出されて別の物語になってしまう。 受け手は受け手で、気持ちいいもの盛り上がれるものしか選ばない。
やがてこの分野、萎んでいく未来しか想像できない。だが、想像力が再び燃料になる可能性も、ゼロではない。 見たくないものもにも目が行く、想像力が働く社会になればいいんだがな。
「MFゴースト」の連載が始まった時、箱根界隈が火山性の有毒ガスで人が住めなくたった所を、クローズドコースとしてレースイベントに供されるなんて言う、何たる設定!と思ったが、同時に、今時そう言う事にでもしなければ、公道をクルマが飛ばすという表現なんてできないんだろうな、瞬時に理解できた。
2026年4月26日日曜日
小説や、映画、漫画に出てきた、あのバイクやクルマ 1 Lotus Europe Special
箱根、小田原、真鶴、熱海界隈で、馬力に劣るクルマで主人公が、ハイパワーのクルマ追い回すなんていうのは、まるっきり「サーキットの狼」の「公道グランプリ」だよね、と、「MFゴースト」を観て思ったりする。そう思っている人は少なくはないとは思うのだが、それを指摘する声と言うのは、ネットでは確認する限りごく少数だ。関連付けて詳述するページとなると尚更。結構面白いネタだとは思うが、理屈っぽくなってダメなのかな。
思い立ち、「公道グランプリ」と「MFG」全五戦、地図に落としてみた。態々GoogleMapじゃなくて、国土地理院の地図にね。自力で。地図をつないでまでして。
AIで、こういうの、パッと作ってくれるもの探したんだが、見つからず。もっとよく探して課金すれば出来たのかもしれないが、自分でやった方が手っ取り早いと思った。あと、こんな感じの作図するときは、GoogleMapより地理院の地図の方が好きなのよ。
閑話休題。
しげの秀一氏が編集者と、「イニシャルD」後の連載の検討を行った時に、かつて70年代、集英社の少年ジャンプで連載されていたものを、21世紀に講談社のヤングマガジンでリブートしよう、と言う考えに至ったのかもしれぬ。
コースを見ると、MFGでは芦ノ湖より西はカバーしていない。ひょっとしたら構想時にはあったかもしれないが、だらだら御殿場市内一直線に走ってもしょうがないしな、と言うことがあったのかもしれない。
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2026年4月25日土曜日
2026年4月24日金曜日
日産の迷走
1986年にモデルチェンジで登場したN13パルサー。かっちり整理されたエッジが効いたデザインが結構好きだった。GTi-Rが設定されたのは、これの一個後のモデルだ。 実際、ゴルフのGTi、プジョー204、カローラFX、ワンダー、グランド、スポーツシビック、ファミリアスポルトにタメ張って、何なら充分勝てそうな感じだったのに、売り方が中途半端で、埋もれてしまった。 これに妄想で、プジョー306maxiのエアロかましてみました、と言う画像です。 これやってたら、スカイラインやZ、シルビア並みに語り草のJDMになり得たのになぁ。なんで、それだけポテンシャルがあったものを、どぶに捨てるような扱いをやったんだ、日産は? という話題。 日産には、代々、変な挙動がある。割り切った潔いコンセプト、牙を研いだようなコンセプトで当たったと思ったら、次のモデルチェンジで牙を抜く。で、売れなくなる。すると慌てて牙をとってつける。その最たるものがスカイライン。 C110にラインナップされていたGT-R。高価なDOHCが搭載されていたが、これはまぁ、オイルショックなんかもあったら仕方ない。C210では、結局DOHC搭載モデルは現れず、他にいろいろ負け前だったので、しょうがないからターボ付けてみました。燃費が云々って何か頓珍漢な言い訳しつつ。でも、C210はまだいいのです。販売台数は、その後も含め一番売れたのだから。 トヨタに「DOHCついてないのにGTなんて言ってんじゃねぇよ」と煽られ出たのがR30のRS。結構伝説になりました。 で、その次が「都市工学」とか言って牙抜かれたR31の前期型。売れなかったようです。慌てて出した2ドアのGTS。何とか面目を保つが・・・。 R32で走りに振って、R33で狭いからと薄らデカくして評判落とし、R34で元に戻し・・・ V35以降迷走はさらにひどくなり、V37で400Rを出して、何とか面目を保ってて・・・。 傍目にはそう言う風に見えるのだが、内部的に市場調査などの資料ではどうなってたんだろうねぇ? シルビアもそうだったし、SUVではあるがX-trailも初代のなんと潔いコンセプト。ツール感がカッコよかったのに、なんか変に大型化高級化しちゃって。 傍目には、日産はコアなブランドファンを、まず最初に斬り落としに来るイメージがある。まぁ、ファンだからと言って、一人で10台買ってくれるわけでもないからねぇ。それは仕方ないのか。圧倒的に売れているわけでないのなら、そんな判断もしてしまうのか。 代々日産の経営陣は2派に分かれていて、現場のイケイケ派と、通産省→経産省への忖度派、とのことだ。 現在は資本的に何の関連はないが、かつて日産自動車は、国策企業グループ日産の一角だった。そのころから、お上の顔色をうかがうのが国内のメーカーで一番得意だったのだそうな。 若い奴が、速いクルマに乗ってドヤ顔しているのを、官僚はひどく嫌うようだ。それを忖度しての、こんな挙動。 まぁ、結局、首が回らなくなった大きな原因の一つになったのは間違いないと思うがね。 もう、ね、ネットでも、今後の日産に期待する声も聞かれなくなった。どうなるんかね?



















