2026年10月24日土曜日

小説や、映画、漫画に出てきた、あのバイクやクルマ 5 easy rider(1) & 9164 Chopped FL1200 HydraGlide _9

 以前、no+eにあげたものをこちらにも転載。

9164 Chopped FL1200 HydraGlide _9


  easy riderをスクリーンで観たのは3回。因みにこの映画の封切は1969年だが、当然リアルタイムでこの時には見ていない。映画の名前は、多分、高校生になって単車に興味を持つようになってから知ったのだと思うが、初めてみたのは浪人をしていた19歳の時、早稲田松竹においてだった。なぜか鈴木清順氏の「チゴイネルワイゼン」と併映だったような気がする。記憶に間違いがないとしたら、どういう意図での併映だったんだろう?



 大学に入って、今は大学院大学の校舎に改築されたところにあった学生会館のホールで、哲学研究会の主催で2回。スクリーンで観たのは以上3回。


 あとは、ネトフリで、結構何度も観た。


 星条旗タンクとオレンジにフレアパターンのタンクの2台のパンヘッドが疾走する場面と言うのが気持ちよさそうで、この映画の大きな魅力のひとつではあるのだが、ここで改めて説明が要らないとは思うが、結末は衝撃的である。


 これは、保守的市民社会の暴力性を告発したものであると、直接的には思ってしまうし、そのような文章も書いたことはあるのだが、なんか本当にそうだろうか? と、どこかで感じていたようにも思う。


 一言で言えば、やはり難解なのである。単車が走って、暴力があって、ジャック・ニコルソン演じるジョージ・ハンセンが焚き火の前でくどくど言ってたことが、この映画の主張なんだろうか? そんな単純なものではるまい。それを言ったハンセンはその夜撲殺される。まさかこれを死亡フラグとは言うまいよ。


 映画の最初は、腕時計を捨てたところで流れ始める「Born to be wild」。ロックチューンだが、勇ましい行進曲のようにも聞こえる。対し、エピローグに流れるのは「Ballad of Easy Rider 」。優しいフォークソング。鎮魂歌だった。


 ざっと振り返ると、冒頭からすぐに、ヒッピー・コミューンに寄り道したあたりから、ワイアットの表情は曇り出す。挙句、終盤、ハンセンがいなくなった後の二人の焚き火で「俺たちはしくじったんだ」と繰り返す。あそこで、何を指して「しくじった」のかはっきりさせないと、難解になる。というか、ぼやけてよく見えなくなってしまう。


 その思いが、ヒッピーコミューンを訪れた時から始まっていたのだとすれば、その時から、それまでワイアットが思い描いていた「自由」の不可能を見てしまっていたことを指す。

 自由なんてものはないのではないか? だとしたら、そんな、最初からないものを目指し操作性の悪い改造ハーレーで粋がって旅するなんて言うのはとんだ道化ではないか? と言うしくじりか?

 旅自体がしくじりだったのか、こそこそ違法行為で手に入れた金で何とかなると思っていたことがしくじりだと言ったのか?


 思いのほか、他人の「自由」に不寛容な現代のアメリカへの失望、を重視するなら「俺たちはしくじったんだ」の主語は、アメリカ社会を指すかもしれないと思うと、また話は違ってくる。その後すぐの結末に引っ張られて、そんな風に観客は思ってしまうかもしれない。


 さてどっちと考えるべきだ?


 ワイアットとビリーの名前が、ワイアット・アープとビリー・ザ・キッド、西部開拓時代の伝説的寓話的人物の名前から引っ張ってきている。今度は西から東、ロサンゼルスからフロリダを目指したわけだが、ビリーが、どうやら単純に楽園を目指してたのに対し、ワイアットにとっては、アメリカが落としてきたと思しき「自由」のかけらを拾う旅路に変質していったようだ。


 「自由」は楽園だと思っていた。それの実在を信じ、前提にして旅を始めたのが、しくじりだったのか?


 Geminiとの壁打ちでは、Geminiは腐った社会の末端、その象徴のドラッグで稼いだ金を路銀にしたのが、結局、そう言った腐った仕組みから逸脱を志向しておきながら、叶わなかったことの原因になった、それをしくじったと指摘してきたが、確かに、ニューオリンズのマルディグラでは、ドラッグをきっかけに深淵を見るバッドトリップに見舞われたが、だからと言って、ドラッグがしくじりの根幹に関わると言う見解にはピンとこない。


 ならば、自由に向かって、〇〇(「仕組み」とか「体制」とか「秩序」とか、その辺の言葉が入る)から逃げるようにしたのがいけなかったか? 端から反体制運動に関わるつもりも、どう見えても失敗にしか見えなかったヒッピーコミューンを作るような振舞いをするつもりも、気概もなかった。お気楽に、社会のしがらみから逃れ、「自由」という、美味しい上澄みだけをいただこうとしたのが、誤りだったか?


 だとしたら、結論は「ほれ、みたことか」か? ふかわりょうみたいに「だからいっただろう?」とかいわれてしまう。それを結論にしなくてはいけないのか?


 書ききれないな。ビリーのバイクも描きたいし、稿を改め、もう少し続ける。

生成画像の氾濫への胃もたれ & 9163 AI-generated beauty resembling Emma Watson in her early twenties

 


AI-generated beauty resembling Emma Watson in her early twenties

 ネットに転がっていた、エマ・ワトソン氏の水着画像。今は少し落ち着いているのかな。んでもって、「そりゃぁ確かに、エマ・ワトソンと言われればそうなのかもしれないが、なんか違う」画像、それが素人目に見て明らかな物から順に淘汰されているようで、一時期よりかなり見ることが少なくなった気がする。
 若い時は、そういうのをある特定用途に用いることもなかったではないが、ろくでもない年の取り方をしていても、というか、そんな年の取り方をしてしまったからか、「そういう」用途に使うことは無くなったとしても、画像の中の肢体の曲線にそういう昔を思い出し、俺なりの解釈を加えて、絵にしたくなってしまうのだ。

 有名人を扱うが画像は、極力控えた方がいいとは思うのだが、反面、ネットの片隅で、図らずもちまちまやってる分には、まして、そういうオレの「解釈」への需要は少数で、ゆえに影響力もかなり限定的で、商用利用も今のところない、というところでお目こぼしを受けているのだと思う。それなら描きたければ描いちゃえ、と発作が起きてしまう。それに従った。

 そういう但し書きはなかったが、恐らく元画像はAI生成されたもの。それをphotoshopは使ったがAIは使わず、AIは使ってないがphotoshopを使って描画したもの

2026年10月5日月曜日

ベランダ 第一話



《はじめに》
 当作「ベランダ」は、一話完結で、マンションの隣り合った部屋の男女がベランダから行き来する日常を描いております。夫婦ではない、お互いに離婚歴のある男女の間の空気を楽しんでいただけたら本望です。
 このエピソードの終わりに、他のエピソードに跳べるよう、リンクを貼ってあります。

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 うっかり寝入ってしまうところだった。ひとみが体を起こしたので、ふぁっと目が覚める。

 下ばきをはき、ブラジャーを付けようとしているところで俊也が見ていることに気づき、

「見るな」と掌を目を塞ぐように向けてきた。まぁ、本気じゃない。ブラジャーをほんの数瞬見つめ、ひとみは思い直しそれを置き、パジャマのボタンをしめ、立ち上がる。今ほどベッドの端に置いたブラジャーを無造作につかみ、

 「じゃ」

 と言って、ベランダへのサッシを開けた。一度ちらっとこちらを見たので、俊也は手を上げて返す。

 隣の部屋のサッシの軽快な転がり音がかすかに聞こえ、同じく微かに、施錠の音が聞こえた。

 俊也もベッドから立ち上がり、パジャマを身に着ける。若い時と違い、裸で寝てしまっては、次の日、腹がゆるくなってしまっていけない。



 月が非常に明るい夜だった。さっき、ひとみが閉めていったサッシを開け、ベランダに出て月を見上げる。満月。ベランダにくっきり影ができるほどの月光だ。

 デスクに置いてあるラッキーストライクとライターを取りに戻り、ベランダに出る。月を見上げながら、おいてあるキャンプ用のアウトドアチェアに腰かけた。

 地方都市。ド田舎と言うほどではない。クルマの音も聞こえるが、うるさいほどではない。

 ソフトパックの一角をトントンと叩き、一本を浮き上がらせ、それをくわえる。昔はオイルライターにもこだわったが、今はもっぱらプラスチックの使い捨て品だ。スプリングをはじく音。一息、煙を吸い込む。

 クルマの音は聞こえるが、静かな夜だと思った。遠くを新幹線が走り去っていくのが見えた。最終かな?

 隣のサッシ、開錠の音が聞こえ、軽やかなサッシのを引く音とともに、ひとみが現れ、近づいてきた。

 無言で掌を差し出し、タバコを要求してくる。こちらも無言で、先ほどと同様、ソフトパックを軽くたたき一本浮き上がらせて、俊也はひとみに差し出す。ひとみはその一本をつまみ出し、もう一脚あるキャンピングチェアに腰を下ろす。同時に俊也が火を差し出す。



 風は極々微小。煙が二つ。

 「月、まぶしいくらいね」
ひとみが言った。
 「こういう時、夏目漱石はどう言ったんだろうな?」
見ているわけではないが、軽く微笑んでいる気配がした。

 俊也が2本、ひとみが1本灰にしたときに、

 「お開きにするか」
 「ん。」

 灰皿とラッキーのソフトパックとライターを持って俊也が、当然何も持たずひとみが、同時に立ち上がる。

 「じゃ、こんどこそお休み」
 「うん。お休み」

 それぞれの部屋のサッシが締まり施錠の音が、コンマ何秒のずれで鳴った。