2026年2月1日日曜日

「責任ある積極財政」に何を期待する?

   どうやら「責任ある積極財政」とはアベノミクスの言い換えではあるまいか? 
  そして、前回その恩恵を受けられたもの、政策が何とか届いた者は随分とはしゃいでいるようだが、そもそもアベノミス、じゃないアベノミクスに対する評価というのは、たまたま立っていられた立ち位置で随分違うようだ。

  財政-インセンティブを持たせて国をある方向に動かしていく、というものを、全く否定しきれるものではないが、少なくとも、今現在の我々がその言葉で思い浮かべる国のムーブというのは、ほぼ無効であると考えるべきではないか、と思っている。

  未だ信者が少なからずいるアベノミクスを例にみていく。


アベノミクスは政策として失敗だった――データから見た検証

  アベノミクスは「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」「成長戦略」という三本の矢を掲げ、デフレ脱却と経済成長を目標とした政策である。しかし、開始から10年余を経た現在、主要な経済指標を確認すると、その成果は極めて限定的であり、政策としては失敗だったと評価せざるを得ない。
  第一に、実質賃金の低迷である。厚生労働省の毎月勤労統計によれば、アベノミクス開始時(2012年)と比較しても、実質賃金は長期的に見てほぼ横ばい、もしくは低下傾向にあった。名目賃金は微増したものの、円安と物価上昇により購買力は改善せず、「景気回復の実感」が広がらなかった最大の要因がここにある。
  第二に、GDP成長率の停滞である。2013年以降の日本の実質GDP成長率は年平均で見ても1%前後にとどまり、持続的成長とは程遠い。特に消費税増税(2014年、2019年)の影響も重なり、個人消費は断続的に冷え込み、内需主導の成長モデルは構築されなかった。
  第三に、物価目標(2%)の未達である。日本銀行は大規模金融緩和により「2%の物価安定目標」を掲げたが、エネルギー価格高騰などの外生要因を除けば、安定的に達成されたとは言い難い。金融政策は資産価格を押し上げた一方、実体経済への波及は弱かった。
  第四に、株価と実体経済の乖離である。日経平均株価はアベノミクス期に大きく上昇したが、その恩恵は主に株式保有層や大企業に集中した。労働分配率は低下傾向にあり、企業収益の拡大が家計に十分還元されたとは言えない。この点で、株価上昇をもって政策成功とみなす評価は極めて限定的である。
  最後に、構造改革の不徹底である。成長戦略とされた規制改革や産業転換は部分的にとどまり、少子高齢化や労働市場の硬直性といった根本課題には十分対応できなかった。金融緩和に依存するあまり、経済構造そのものの刷新が後回しにされたと言える。
  以上の点から、アベノミクスは「金融市場の安定化」には一定の効果を持ったものの、国民生活の改善や持続的経済成長という本来の目的は達成できなかった。政策としては、成功ではなく失敗として総括されるべきである。


  そして状況的に、それを運用しようとしているメンツが変わっていない事、他取り巻く状況、何も変わらず、ここで「積極財政」とやらを持ち出したところで、しばしの中断の後の、以前に逆戻り、それが届いたものは潤うが、前回届かなかった者は、10年の悪夢がさらに続行することだろう。失われた30年が40年になってしまう事だろう。

  とはいえ、野党がこれを何とかできる保証はまるでない。自民党政権の続行がy=-nXの下下がりの直線を描くとして、野党では全く動きが読めない。xのマイナスn乗の垂れた線を描くかもしれないし。変な波型を描くかもしれない。y=-nxにしたところで、この世の事象でそのような線を描くものは、あるところで勾配を急にした垂れた曲線に変わるものだ。つまり、どのみち「安定的に改善する線」は、どこにも見当たらない、ということだ。

  野党には任せられないから、と言うので自民党に投票する分にはそうであろう、自分には分け前が回ってくる目途が立っていて自分と周辺だけが儲かればいいという料簡ならそれもそれ。が「積極財政」で国がよくなるなど期待して投票したところで、かなりの確率でそれは裏切られるように思われる。


  それでも株価には効くから、という話をしようとして、これが先に来てしまった。しかし、株価優先の政治がどんなものであるか? 次回。

8987 秋元ともみ _8

 

8987 秋元ともみ _8

2026年1月30日金曜日

「責任ある積極財政」と言うフレーズが胡散臭い 1


   「責任ある積極財政」と言うフレーズが胡散臭くて仕方ない。


  トリクルダウンはお花畑、とまでいうこともない、財政出動で経済拡大というが、仕事を受けた企業、そこからの外注、下請け、そこから給与として支払われたり、精々孫請けまで支払われたら、そこから先に波及していくことはないのだと、こと、今の日本では、そう言っていいのではないか?


  整理してみよう。

  財政出動が経済拡大には至らず、が途中で止まる理由は、お金の流れは、発注 → 元請 → 下請 → 孫請 → 給与、ここまでは確かに存在する。問題はその先だ。

  まず、家計に渡った瞬間、貯蓄・防御に吸われる。給与として受け取った側が、将来不安(年金・医療・雇用)、物価上昇への警戒、税・社会保険料の重さ、これらのせいで、お金というのが、消費ではなく「溜め込む」「返済する」に回ってしまうのだ。従って、乗数効果が立ち上がらない。

  企業側も内部留保で止めるだろう。受注した企業も、次の需要が見えなければ、人を増やすのがリスクだ。賃上げは一度やると戻せないのだから。結果、設備投資や雇用拡大に回さず内部留保。ここでも循環が断絶する。


  サプライチェーンも「細り切っている」。昔は孫請けの先に、町工場や商店街があったものだが、今はそこがもう消滅または良くて限界状態だ。「波及しない」のではなく、「波及先がもう存在しない」。

  もうね、トリクルダウンのあるなし以前の問題だ。財政出動を水と例えるなら、その水が、途中で地中に吸い込まれているようなものだ。これは思想の問題じゃなく、構造の問題だ。

  今の日本で財政出動をちゃんと効かせるには、使わないと損する形、期限付き給付を行う事、直接家計に届く形にすること、固定費を下げる形(教育・医療・住宅)にもっていくこと等を行い、「循環を強制する設計」が要る。単に「公共事業やりました」では、元請けと帳簿だけが潤って終わってしまう。


  今の日本では、財政出動は“景気刺激”ではなく、“崩壊速度を遅らせる延命措置”になっている。


「株価至上主義的政策の是非」に続く

8998 NSR500 1989 _4

 

8998 NSR500 1989 _4

NSR500 1989
for Shin-ichi Itoh

2026年1月21日水曜日

2026年1月11日日曜日

8984 Ivan Capelli retake

 

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Ivan Franco Capelli
Laytonhouse March 881 Judd 1988