2026年1月26日月曜日

どうせBEV作るんならこういうの出せばいいのに、という話 2 & 9021 SR311 _5

 

9021 SR311 _5


  普通車も90年代のマーチベースのパイクカーをそのままBEVにすればいいんだ。パオとかBe1とかフィガロとか。90年代マーチのパイクカーって、今あらためて見ると、「BEV前提で作ったんじゃ?」 ってくらい相性がいい。

  なぜパイクカーBEVは成立するか? まず、デザインが“機能を誇示しない”。パオ/Be-1/フィガロは、空力・性能・先進感を顔で語らない。これは、EVの「静か・滑らか」が違和感ゼロで入る。
  ベースがマーチ、則ち都市車。ということは、航続200kmで十分だし、高速性能を誇る必要ない。「近所を気持ちよく走る」が価値になる。
  90年代の“軽さ”がまだ残ってるのがいい。今のBセグより明確に軽い。EV化しても1.1〜1.2tで収まる現実ライン。

  Be-1 BEVならばシティコミューターの完成形いなりうるし、パオ BEVは今の「バンEV」よりよほど洒落てる。フィガロ BEVについて、オープン×EVは相性抜群な気がしないか?低速トルクで街乗りが楽、「音がない」からこそ優雅。もう、EVでになって初めて“正しいオープン”となり得る。  

  当時と同じ、期間限定受注、色と仕様は選択肢少なめ、台数絞る、高くても言い訳しない、でいいと思う。パイクカーは「売れるか」じゃなく「売り切る前提で作る」 クルマだった。

  今のBEVは、技術で殴って、数字でマウント取って、顔で未来を主張する、パイクカーBEVは真逆を行っている。性能を語らないEV、説明しなくていいEVというのが、今いちばん足りてない。

  BEV時代の正解は、「新しいクルマを作る」ことじゃなくて「既に愛された器に、動力だけ入れ替える」 ことじゃないかと思っている。そして、パオ/Be-1/フィガロをEVで復活させたら、それは日産の復活というより、「日産が何者だったか」を思い出す儀式になるだろう。


  あとは、Zがつく前のフェアレディSR311とかマツダの初代ロードスターくらいはあってもいいか。というのも、サイズ、重量、走りの質、人との距離感、この全部が「まだ人力の延長線上」 にあるクルマであるような気がするからだ。ここまでは、BEVにしても“意味が変わらない”。
  しかし、Zが付くフェアレディ、それ以降のGT系はどうだ? 排気音や回転上昇そのものが物語になる車であり、動力を変えた瞬間に別の作品、別の物語になってしまう。

  実際、R311 BEVは、実現すればかなり美しいだろう。EV化の理想形かもしれない。超ショートホイールベース、低い着座位置、速度域は高くなくていい。ドライバーの操作が主役で、モーター1基・後輪、出力は80ps相当で十分だ。「速くないのに、濃い」ものになるだろう。
  音が消えても、風、タイヤ、操作感、これらが全部残る。

  初代ロードスター(NA)もギリ成立する。ギリって何? ギリって?
  ロードスターは世界一“人馬一体”を標榜したクルマだった。絶対的性能じゃなく、レスポンスの塊。
EV化すれば、トルクは増える、だが重量との綱引きが始まる、なので条件付きというところで、ギリ、と。
1000kg台前半に収められるなら、アリ。これを超えたら、もうロードスターの皮を被った何かになってしまう。


  逆に日産がBNR32に電気モーター積んだのは大失策だった。R32 GT-Rは「機械が主役」の象徴だった。それ自体は決して悪いことではない。
  2JZに並ぶ名機RB26DETTのタービンの立ち上がり、ATTESA E-TSの挙動と重量配分と制御の癖。これら全て暴れる機械を人が抑え込む快楽だった。
  RB26DETTを外しそこにモーターを足すと、反応は良くなるし速くもなる。が、“調教してた猛獣が、最初から躾けられた犬”になる、意味が変わる。
  GT-Rは、街中では重い、燃費は最悪、乗り心地も良くない。でもそれを許容した先に「勝つための道具」 という物語があった。電動化、電動アシスト化は、それを切り落とす。日産の考えとは別に、GT-Rに皆が求めてるのは、未来技術のショーケースでも環境対応の象徴でもなく、「90年代、日本が本気で世界を獲りに行った痕跡」であったはずだ。

  もし“やるなら”別のやり方があった。R32のEVレストモッド自体、 小規模ビルダーがやる分にはアリだったかもしれない。今現在以降のGT-Rの看板掲げたクルマで電動化というのも、文句は出るに違いないが筋は通る。日産本体がR32のガワでEV化というのは、これは最悪だ。完全に別物である。
  公式がR32に触るなら、保存、再生、部品供給、正しいレストア、できるのはここまでだ。

  心臓を取り替えた瞬間、それはもうBNR32じゃない。たぶん日産が一番やっちゃいけなかったのは
「GT-Rを素材扱いした」 ことだ。信者の事を思えば、GT-Rは実験台じゃない。御本尊、信仰対象なのだ。
  日産自身にとっては、スカイライン~GT-Rというのはそういう位置づけだったというのは聞くが、速さを更新するのは、“後継機”の役目であって、“祖先”の役目じゃない。

  どういうわけか、日産は“信者”に対して代々冷淡だ。この際の信者とは、まぁマッチョっていうの?少しヤンチャ目なお兄さんたちをイメージすればいいが、そういう層をパージしたくて仕方なかったようだ。しかし、本当は彼らこそ忠実なファンで、そういう層をパージするというのは、ブランド価値を下げることにつながってしまった、結果的に。別に見るからに、と言う人だけじゃない。優等生的で社会的に上位にいたとしても男の子、そういうものにあこがれるものである、寧ろそっちが多数派かもしれない、ということを理解していなかったようだ。

  閑話休題。


  もうちょっと他の普通車も見ていくか。レビンならTE27まで、サニーならB110まで、シビックは初代に限ってアリ。マツダは最初のFFファミリア、いすゞベレッタと日野コンテッサ。そんなあたりかな。

  エンジンが“主張しすぎていない”、速度よりも構造が面白い、設計者の顔が見える、何より人間がまだ勝ってる。だからBEV化しても、「魂が抜ける」んじゃなくて、「別の心臓で生き直す」 感じになる。

  TE27レビン。名車だけど“神格化”はされきってない。EV化すれば、シャシーの良さ が逆に浮き出るんじゃなかろうか? AE86はあれは4A-Gが名機すぎるエンジンのクルマだ。トヨタもAE86をEV化したことがあったが、保険に普通にレストアしたものと並べて2台セットのプレゼンだった。まぁトヨタらしい。

  B110サニーといっても、もう若い人は分からないかもしれない。走りも思想も「等身大」で、BEV化で
都市の基準車 として再定義できるんじゃなかろうか? B210以降はもう段々と時代の都合が見えてしまって辛くなる。

  初代シビック。FFの衝撃と軽量。実はCVCCという燃焼機構が売りだった本来エンジンのクルマともいうべきだが、しかし、これの目指したところは、BEVが名目上目指しているもので、しかもちゃんと実現していた。ていちゃくこそしなかったっぽいが。必ずしも速さを目指したエンジンではなかったのだ。

  マツダの初代FFファミリア。FF化そのものが挑戦だった時代のロータリーの影が薄い唯一の幸福な瞬間。イメージカラーの赤が映えた、あの時代の代表っぽい。


  あのあたりの時代の熱を思い出してBEVに取り組むというのも、ユーザーも納得できていいのではないかと思う。「環境だから」「規制だから」じゃなくて、一度ほんとうに熱くなった経験を、もう一回やる。
ユーザーが納得するのは、結局そこじゃなかろうか。

  あの時代の熱というのは、技術が足りない中で工夫した、失敗しても次があった、正解が一つじゃなかった、速さより「面白さ」が先にあった。つまり、未完成さを楽しめた時代だった。
  BEVは、今は真逆で、「最初から正解を出そう」としすぎてる。

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