さて、ひ孫が結構真面目にビルマ戦線ことを調べている頃、スチャラカ幽霊、もとい清彦は実体化して、新宿駅から3丁目の末廣亭を目指して、そりゃぁもう、ウッキウキで歩いてたわけです。
生前、何か学校の試験で良い点数をとることが得意だったばかりに、成り行きで医者をやる羽目になってしまったが、実はお笑い、落語とか漫談とか喜劇が大好きで、芸人とまでは行かなくとも、そんな話を書く仕事をしたいと、少年の時一度は思ったものだ。
何やら、ひ孫蓮は、清彦自身が実家に入れてもらえなかったとき、さして取り乱さなかったことを不思議に思っているらしい。これは蓮や、息子の清志郎にはとてもじゃないが言えたことではないが、母親に実家に戻ることを拒否されたとき、悲しくないわけではなかったが、とっさに、それならば少年の頃書きたかった喜劇の戯曲を描き散らしてやれと思ってしまい、益城の光照寺に向かう道すがら、何を書くかで頭の中がいっぱいで、割と悲しくなかった、と言うのがある。繰り返すが、こういうことは、とても蓮や清志郎には言えないのだが。ひでえ親父、曾祖父だ。
ひ孫、蓮に呼ばれ、っていうか、息子清志郎の時もそうだったが、何やら、子孫が女性関係でひどく傷ついたときに呼ばれるらしい。自分でもよくわかってない。
その割に、そう言えば、出征前、母親ツヤにちらっと聞かされた。清彦の祖父にあたる坂本清嘉、この人も女運は良くなかった。ツヤ自身は間違いなく清嘉の血を引いた娘であるが、ツヤの母、清嘉の妻、名前をタエというが、蓮から見れば祖母、不義密通を繰り返し、祖父清嘉はそれを黙認せざるを得なかった。ツヤ自身はそう言う自分の母が嫌いだったらしいが、その話を聞かされた折、祖父清嘉から、坂本家代々の嫡男は、どうにも、恋愛だの結婚だの、幸せな巡りに会えないと聞かされたらしい。その時は笑って聞き流していたが、僕もモロそうだったなぁ、と苦笑いが浮かぶ。
それはそうと、清志郎の時もそうだった。今回も特に蓮を慰めるために何かをするなどと言う事は考えていない。せっかく呼ばれたのだから、今のこの世を楽しんでやれと、これがかなりのスチャラカ。
とりあえず、寄席とかお笑いライブとかに生き倒してやろうと思ったわけなんだが、その軍資金のために、昨晩は、半グレ反社の牙狼會を襲撃して、数えてみたら570万円ほどあった。奪った現金はどうしているのか? そこはほら、よくある便利アイテム、言ってみればドラ●もんの異次元ポケットのようなところにしまってあるのだが、
それにしても、ちょっと多すぎかもな、とも思う。70万円だけ持っていることにして、どこかに配って回ろうか、と思った時のことだ。
ご存じのとおり、歌舞伎町、新宿2丁目3丁目界隈、メインストリートからはずれたら、道幅はそう広くはない。車2台すれ違うのに気を遣う通りも少なくない。そこを向こうから、・・・これは何と言ったらいいのか。着ているものの生地は結構よいものを使っているのに、仕上がりとして、何ともちぐはぐな、でも値だけは張りそうなスーツを着た若者。顔の造作は悪くない、寧ろイケメンの部類に入れていいと思うが、結果としてそこにあるのは何とも卑下た、品のない顔つきをした若者、蓮よりほんの少しだけ年上だろうか? が歩いてくる。結構子は強張って速足だ。
清彦氏、本人曰く、霊格が高い特典として、瞬時に、その人物の思考や背景など人となりが分かってしまう。要するに、昨日襲撃した牙狼會、鷲塚の子分で、ホストをしている。今朝から鷲塚に集合かけられて、襲撃してきた奴(まぁ、清彦なんだが)について、何か手掛かりを探して来いと、昨日は、っていうか、今朝夜明けごろまで、川口くんだりからやってきている女の子とよろしくやっていたのだが、そんなわけでそこから呼び出さられ一睡もせず、こうやって歩き回っているというわけだ。
本名は三浦ノブオ、栃木県小山市出身、ホストクラブの源氏名は聖夜。まぁ、箸にも棒にも引っかからない奴ですわ。察してください。
ノブオは、とにかく鷲塚には絶対服従である。とはいえ、鷲塚も大概だ。ほぼほぼノーヒントで金を強奪していった奴を探せなんて、なんて無理ゲー?とか思いながらこうして歩き回ってるわけだ。あ~、帰って眠りてぇ。
ふと、前の方に30代だろうか、何の変哲もない黒いスラックスに、白いシャツ、ノーネクタイの男がこちらを見ていた。清彦だ。
「あに見てんだよ?」
オラついた口調ですごんでみる。
『アンタなんて見てないよ。看板を見てただけだ。』
男はそう返事してくる。いつもなら、そこから更にウザ絡みするところだが、その瞬間、何も見えない暗闇、深淵に叩きこまれた錯覚がおそった。ほんの一瞬だが。ノブオが数瞬凍り付いている間に、男は歩いて行ってしまった。
「けっ!」
お定まりのチンピラが吐くようなセリフを残して、ノブオも反対方向に歩いていく。意識に登ったわけではない。深層心理で、相手にしちゃいけない奴だと感じ取ったのかもしれない。
ふむ。昨日のクズな親玉の子分か。必死だな。ご苦労さん。鷲塚っていったな、昨日の男。昨日の事務所の他に何箇所か現金隠してるとこあるようだったな。この際、全部頂くか。
これが、特殊詐欺でせしめた金だったら、だまし取られた人に返さなきゃと思うところだが、どういう訳か、男、女や、クスリで身を持ち崩した奴には、そう言う気持ちは働かなかった。そもそも、特殊詐欺のお金は銀行口座を通過する事が多く、現金として札束とかないだけ手出しするのが面倒だ。鷲塚も、クスリ、風俗関係の他に、特殊詐欺のグループも手下にいるが、奴から現金全部せしめた辺りで、警察に証拠になりそうな書類もせしめておいて、送りつけてやろうか。そんなことも考える。なんか、あの鷲塚って奴のやり方が気に入らないんだよねぇ。
というなら、今すぐ、警察に通報してやれよ、と、突っ込む人間は此処にいない。
んで、そのお金だ。・・・どうするかなぁ。子ども食堂にでも寄付するか。僕はお笑い見に行けるだけあればいいのだし。
初めての末廣亭の昼間の寄席、大変楽しく堪能させていただきました。
一週間後、都内の子ども食堂に、それぞれ50万ずつ入った匿名の封筒がポストに入れられていた。警察に届けられたが、送り主不詳ということで、時間が経てば子ども食堂の活動資金にいかされるだろう、と、蓮はネットニュースで読んだ。ちらっと、寄付したの誰なんだろうなと考えた。まさか、その横でラノベ読みながらゲラゲラ笑ってるスチャラカ幽霊がやったとは思わない。
そして、報道されなかったこと。池袋、渋谷、千住の牙狼會の事務所が次々襲撃され現金を強奪される。3000万円近くにおよんだ。どこも、目立たない古ぼけたオフィステナントビルの一室だった。見張りを増やして警戒していたが、根こそぎ現金が強奪された。残るは六本木の事務所だけであった。
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