2025年9月8日月曜日
《創作》寝取られ幽霊 第5話 幽霊が非合法で儲けたお金を奪取するのは犯罪か否か?
「贈与」に至る / 糸口を探す 2 KP61、ジョルジュ・バタイユ、哄笑
2025年9月7日日曜日
「贈与」に至る / 糸口を探す 1 ジョルジュ・バタイユ、TZ250
ジョルジュ・バタイユがもし1980年代あたりに元気に活動していたと仮定したら、彼はきっと「モータースポーツ」「単車」「スピード」みたいなものに惹かれたのではないかと思えて仕方ない。
バタイユの思想には「極限体験」「逸脱」「共同体の陶酔」が根っこにある。したがって、1980年代に元気なら例えばこんな展開が考えられるかもしれぬ。
F1ブームとの親和性はどうか? セナやプロストが全盛を迎える直前だ。寧ろマンセルとピケが同じチームで丁々発止やってたころ。スピードと死の接近、スポンサー資本の華美さと人間の肉体の限界が交差する場所として、バタイユ的には非常に「エロティック」な場であったことだろう。「消尽(dépense)」なんて、F1マシンの燃料やタイヤに重ねて語りそうだ。
二輪文化については? 特にヨーロッパのカフェレーサー文化から日本の族車カルチャーまで、暴走や事故を「神聖な瞬間」として描きそうだ。単車の爆音を「共同体的祝祭」として読み替えるわけだ。
バタイユはおそらく消費社会批判と結びつけることだろう。1980年代は消費資本主義の絶頂期。スポンサーだらけのマシンや、レーサーが広告塔になる姿を「神聖さの堕落」と批判しつつも、同時にそこに「崇高な笑い」を見出すにちがいない。
絶頂にいた当時の日本との接点があったなら、ホンダNSRやカワサキGPZに夢中になりつつ、走り屋や峠文化を「神聖な浪費」として愛でたかもしれぬ。
もっと妄想を膨らませると、1980年代のバタイユは「パリ・ダカール・ラリー」に強烈に惹かれた気もする。死のリスク、砂漠という空虚な空間、マシンと人の極限。これ、完全に彼のテーマと重なるように思える。
バタイユがのめり込むのが単車なら、例えば、市販のTZ250で、サーキットでコケまくりながらも、アマチュアながらレースにのめり込んだりしてな、とか考える。
市販レーサー、ヤマハTZ250、まさに80年代のプライベーターが血反吐を吐きながら走らせるマシン。いわゆるレーサーレプリカどころじゃない、特にパイプフレームの頃の、なんて、本当に「レースやりたい奴向け」のマシン。公道走行不可、ナンバーも付けられない。サーキット専用。2ストロークで、ピーキーで、パワーバンド外すと一気に失速して、逆に入ったら暴力みたいに吹け上がる。素人が乗れば確実にコケる。いや、上手くてもコケる。F1の華やかさよりずっと「肉体と機械がギリギリでぶつかる場所」って感じがする。
バタイユがもしそこで生きてたら、こんな風景が浮かぶ。人類の文学史における変態とか、闇の哲学者とか、そういう評価はもう散々されているんだが、ただ机に向かって文字ばっかり打ってた御仁ではなかったようだ。
転倒と破壊を肯定するだろう。「勝つ」よりも、転倒しながら肉体とマシンを削り取っていくことそのものを「至高の浪費」として捉えるのではないか? ガチ勢にはひょっとしたら迷惑な奴かもしれないが、「レースは死と交わる祝祭だ」とか言いそうだ。
バタイユの運動神経がどうであったかはよく知らないし、ライダーとして大成したかどうかもわからないが、多分、アマチュアにこだわったに違いない。プロの華やかな舞台より、地方サーキットの埃っぽいパドック、ビール片手にオイル臭の中で仲間と語らう空気を「共同体」として愛したことだろう。その中で「コケる瞬間」を、破局に向かう笑いの爆発として解釈したような気がする。
TZ250の特性としては、特にアルミフレームの公道用TZRとほぼほぼ同じになる前のものはイメージとして、ピーキーで、パワーバンド狭くて、乗り手を振り落とすような性格だったに違いない。バタイユなら「理性を裏切るマシン」として詩的に讃えそうだ。そして「TZは私を裏切る。だがその裏切りにこそ真実がある」とか書きそう
そんなバタイユにとって、サーキットは則ち宗教的思想的聖域だったろう。彼にとってサーキットは教会や闘牛場の延長線だ。転倒や事故が供犠になり、消費されるガソリンやタイヤが「神聖な供物」として語られるわけだ。
つまり80年代のバタイユは「プロにはなれないが、サーキットに自分を燃やすアマチュアレーサー」として、身体を削り、笑いながらコケて、その体験を思想の言葉で書き散らす…そんな姿が想像できてしまう。
オレがこんなことを思ってしまうのも、生前結構ヤバめな秘密結社、「アセファル(首なし人)」なんてのをやってたのを読んだからだ。いや、それをやるなら絶対サーキットで目剥いて走ってただろって思ったわけだ。
アセファルというのは、ただの読書会じゃなくて、実際に「人身供犠」をガチで検討してたという話まで残ってる、とんでもなものだった。
で、それを1980年代に当てはめるならば、秘密結社で供犠をやるくらいなら、絶対サーキットで目剥いて走ってただろ」ってね。
バタイユが言うところの「首なし」と「フルフェイス」なんて、ちょっと通じるものがありすぎだ。アセファルの象徴が「首なしの人間」だった。80年代のフルフェイスヘルメットって、外から顔が見えないし、レーサーのアイデンティティを消してしまう。つまり、ヘルメットとはアセファルの仮面というわけだ。
今でこそ、がちがちに安全対策がとられているけれど、当時のサーキット(鈴鹿・筑波・SUGOとか)は、事故死が珍しくなかったように記憶している。まぁ、今より多かったとは思う。そして、「死とスピード」が常に背中合わせの空間、共同体的な祝祭場だった。秘密結社での供犠が「サーキットの転倒・死亡事故」に置き換わるわけだ。
そしてその場で、タイヤを削り、ガソリンを燃やし、エンジンを焼き尽くし、挙げ句の果てにライダーが骨折しても走り続ける。これはまさに「バタイユ的な贈与の極致」だったに違いない。
バタイユが仲間を集めてたならどうなったか?
アセファルの仲間たちがもし80年代にいたら、全員でTZ250やNSR250を買って、秘密結社の集会は「筑波サーキットの走行会」になる。「転倒こそ神聖。骨折は通過儀礼」って感じでね。わ~、迷惑。
想像すると、秘密結社「TZ首なし団」 みたいなのを作って、夜は酒と議論、昼はサーキットで目を剥きながら走る、っていう光景が浮かんだりするわけだ。彼らの議論は夜の酒場で続く。「供犠とは何か」「共同体の陶酔とは何か」――その答えを求めてね。でも昼間は、ツナギ着て、フルフェイスかぶって、TZでコーナー突っ込んでコケる。 転倒は供犠だ。骨折は通過儀礼だ。そうやって彼らは、「哲学」を現実に置き換えてしまう。
バタイユが本当に求めていたのは、文字の世界に閉じこもることじゃなかったと思う。いつも「越境」とか「逸脱」とか「破局」とか言ってるけど、それって結局は、肉体が壊れる瞬間とか、共同体が笑いながら死に突っ込む瞬間とか、そういう体験のことだった。机上の理屈じゃなくて、実際に骨を折ること、血を見ること。
だからこそ、もし80年代に生き延びていたら、あの時代の「サーキット文化」に夢中になってたに違いない。
F1? いや、あれはちょっと違う気がしてくる。
確かに80年代のF1はセナやプロストが台頭して、死と隣り合わせのスピードを見せてはいたけれど、バタイユにとっては少し「遠い」。華やかすぎるし、スポンサーにがんじがらめだし、そこに「地下」の匂いはない。
寧ろ地方サーキットのほこりっぽいパドック、雨で濡れたアスファルトに倒れたマシン、それを仲間とガムテで直してまた走る。そういう場こそが「供犠の舞台」としたのではないか?
夜は酒を飲みながら、転倒の話で笑う。
「お前のハイサイドは美しかった」
「ガソリンぶちまけて火が出た瞬間、俺は神を見た」
そうやって笑い合う共同体。それが「首なし人間たち」の1980年代版。
バタイユはきっと、フルフェイスを「仮面」と呼んだろう。顔を隠すことによって、ライダーは「誰でもない者」になる。アセファルの首なし像がそのまま形を変えて、ここにある。ヘルメットの中で歯を食いしばり、目を剥いてスロットルを開ける。そこに「理性を越えた陶酔」がある。
もちろん、死ぬ奴も出る。繰り返すが、80年代の二輪レースなんて、今みたいに安全設備が整ってなかった。それを悲劇として悼むんじゃなくて、「供犠が成就した」として讃える。まぁ、狂ってるわな。しかし、これこそ、完全にバタイユ的な共同体のあり方だったように思う。
現代の目で見たら狂気以外の何物でもない。でも、あの時代のバイク乗りたち、特にレーサーや峠小僧たちは、世間知らずの甘ちゃんなりにも、どこかで「死ぬかも」というのを嗅ぎながら走っていたのではなかったか?その空気に、バタイユがフィットしないわけがない。
筑波のパドックとかに、青い目のフランス人が混じっていて、ボロボロのツナギに身を包みながら、コーヒー片手に「今日はどこまで越境できるか」なんて呟いているんだ。笑うよな。走り出したら案の定コケて、仲間に引き起こされながら、「ああ、これだ。これこそ供犠だ」なんて呻いてるわけさ
結局のところ、「秘密結社アセファル」なんて、20世紀前半の暗黒の時代にしか成立し得なかったものというようにも思う。
でも80年代にその衝動が残っていたら、きっとそれは「サーキットで死ぬまで走る共同体」になっていたはずだ。血とオイルとガソリンと笑い。その中に「神聖さ」を見出して。
そんなわけで、バタイユさん、もし生きてたら、きっとTZでハイサイドくらって、骨折して、でもニヤニヤしながら松葉杖でパドック歩いてたでしょ? で、その体験をまた「エロティシズム」とか「至高体験」とかに仕立てて、分厚い原稿を書き散らしてたはずだ。
想像して、ニマニマしてしまうわけです。
2025年8月17日日曜日
寝取られ幽霊 第4話 地獄巡り 下
清彦は、かつての坂本家の玄関先で立ち尽くしていた。秋の午後の日差しが残酷なくらい穏やかに降り注いでいるが、どうやら、本当に残酷な事柄というのは、こういう穏やかさの中でこそ起こるのだと、蓮は今日の夢を見ているうちに予感するようになった。
テレビのドラマのように、不穏なBGMなんてない。遠くで鳶の鳴く声が聞こえてくるのと、時折風が木の葉を微かに揺らす以外、いや、何やら家の奥で口論も聞こえるか。現代のように道を走る車の音があるわけではない、近所の子供が遊ぶ声が聞こえるわけでもない。そんな午後の風景を、映画か舞台演劇を観るように蓮は眺めていたが、場面は変わる。
清彦より一年以上前に大沢辰造と共に復員した佐久間秀幸が現れる。時間もそれくらい巻き戻っているようだった。
やや早回しに場面は展開する。
佐久間が復員船で舞鶴に上陸したのは、1945年末から46年初頭のことだった。港からまず舞鶴線に乗り、綾部を経て山陰本線で京都に出る。
そこからは東海道本線・山陽本線を伝って大阪、神戸、岡山、広島と、西日本の主要都市を経由して下関へ向かった。
当時の復員輸送は急ごしらえの編成で、車内は兵士たちで溢れ、立ったままや通路に座り込んで移動するのが常だった。網棚の上にまで人が寝そべり、天井のつり革や手すりにしがみつきながらうとうとする者もいた。蒸し暑い空気と汗の匂いが充満し、窓を開ければ煤煙と寒気が吹き込む。立錐の余地もない車内では、一人が動けば列全体がぐらりと揺れ、互いの体温を感じながらじっと耐えるしかなかった。駅ごとに炊き出しや地元の人々からの握り飯の差し入れがあり、それに支えられながらの旅である。
やがて列車は門司を過ぎ、鹿児島本線を南下して博多駅に滑り込んだ。薄曇りの冬の空の下、佐久間は荷を抱え、人波に押し出されるようにしてホームに降り立った。駅舎の壁には煤けた跡が残り、吹き込む風はどこか焦げた匂いを運んでいた。
——空襲か。
春先の、あの噂は本当だったのか。
ここから先は、もう自分の足で確かめるしかない――。佐久間は人々の流れを外れて駅前に立ち尽くし、胸に広がる不安を押し殺しながら、焼け跡の街へと歩み出していった。
佐久間は背嚢を背負い直し、真っすぐ家の方角を目指す。
足は自然に動いたが、道は記憶のままではなかった。広かった通りは瓦礫で狭まり、焼け落ちた材木の黒い骨組みが空に突き出している。
——ここは、本当にあの通りか?
小学校の角を曲がると、さらに胸が締めつけられた。校舎は屋根を失い、校庭は灰色の土に変わっている。かつて子供たちの声が響いた場所に、今は風が唸って通り抜けるだけだった。
家があったはずの界隈に近づくと、地図が頭の中から消えていく。あの薬屋の角も、八百屋の軒もなくなっていた。目印を失い、佐久間は瓦礫の海を漂うように歩き回る。
「……違うか、こっちか……」
独り言を繰り返しながら、焼け跡を踏み越えていく。足元で瓦が割れる音が、やけに大きく響く。
やがて、立ち止まった。
ここらが——そう、このあたりが、あの家のはずだ。土間があり、柱の奥に仏壇があって、夕餉の匂いがした。
しかし、今そこにあるのは、煤に覆われた地面と、半分溶けた茶碗の破片だけだった。
後ろから声がした。
「お探しかね」
振り向くと、腕に包帯を巻いた老人が立っていた。
「この辺りの人で、生き残った者はいないよ」
あまりに簡潔な言葉だった。だが、それで全てがわかった。
佐久間の膝が、がくりと地面についた。掌が灰を掴み、指の隙間からざらざらとこぼれる。頭を抱えた。額に力が入りすぎて、こめかみが痛む。
胸の奥で何かが煮えたぎるように熱くなるのに、涙は一滴も出なかった。
代わりに、腹の底から声がせり上がってきた。
「おおおおおおおおおっ——!」
それは言葉ではなかった。
怒りでも、悲しみでもない。
全てを押し流す、どうしようもない虚しさが、声になって空へと突き抜けた。
周囲の瓦礫が、その絶叫を吸い込み、反響させる。鳥が一斉に飛び立ち、遠くで犬が吠える。
佐久間は、声が枯れるまで叫び続けた。
灰と煤の匂いが喉を焼き、胸が裂けそうになる。
それでも叫ばずにはいられなかった。
清彦の、つまりは蓮の実家は熊本市内とはいえ、郊外にあり、空襲の被害は免れた。しかし、清彦と同じ大学学部を出て(若干佐久間が後輩にあたる)正式なものではないが、なんちゃって軍医をしていたのも同じ。
清彦は脚を失い、復員も随分と遅れてしまったが、実家は無事だった。佐久間は五体無事に復員できたが空襲で一切合切を失ってしまった。
何が幸運なのかわからない。
否、幸運なんてあるものか! 理不尽が多少形を変えてふりかかっているだけじゃないか!
再び、実家の玄関前にたたずむ清彦の場面に戻る。
蓮にとっての祖父は、清彦の息子の清志郎であるし、生前の事は知らないが、長い間曾祖父と教えられていたのは、清彦の弟の清司だった。この際だから、蓮は清彦の事を”彦爺”と呼ぶことにした。見た目30歳くらいの幽霊ではあるのだが。
ひとり。清彦の母、ツヤが玄関から出てきた。
引き戸の外側まで出てきたところで立ち止まり、清彦をじっと見つめた。ただの一瞬のようでいて、その視線は永遠の長さを持っているかのようだった。
そこに立つのは、まぎれもなく我が子であるはずなのに、戦地に送られて二度と戻らぬと覚悟したままの「清彦」でもあった。
目の奥がかすかに潤む。けれども、それを涙として溢れさせてはならぬと、自らに言い聞かせている。唇が震え、今にも「おかえり」と言いそうになるのを、喉の奥で必死に押し殺す。その代わりに、やっとの思いで声を絞り出した。
「……清彦は、戦で亡くなったとば言い聞かされとる。皆、そう思うとるとよ。親戚も、近所も……」
わずかに震える声。声の端が、泣き笑いのようにかすれていた。
それでも彼女は涙をこぼさない。母は泣いてはいけない。泣けば、これまで必死に積み重ねてきた「生き残った者として、死者に対する日常」が崩れてしまうからだ。
ツヤはそっと懐に手を差し入れた。取り出したのは、使い古された茶封筒。角はすり切れ、指に長く触れていたために光沢すら帯びている。そこに入っているのは、何やら一枚の書付と、わずかばかりの紙幣であった。紙幣は皺だらけで、幾度も数え直した跡がある。
「……お父さんの縁のあるお寺よ。……ここで世話になりなさい。うちには、もうあんたの居場所はなか」
言葉は冷たいようでいて、その指先は小刻みに震えていた。母として拒まねばならぬ立場と、どうしようもなく息子を抱きしめたい思いとが、身体の中でせめぎ合っているのだろう。
清彦の手に封筒を押しつけるとき、ツヤは一瞬だけ、その手の甲に触れた。だがすぐに視線を逸らし、踵を返して奥へと身を引く。
背中はまっすぐを保とうとしているのに、肩のあたりが小刻みに揺れていた。
けれど、彼女は決して振り向かない。振り向けば、堰が切れてしまうことを知っているからにちがいない。
清彦は、無言で深く、しばしの時間首を垂れた。
やがて顔を上げたとき、彼の目には涙も怒りも浮かんでいなかった。ただ、夢を歩いている者が、ふと空の模様に見とれるような、どこか現実から切り離された淡い表情だった。
秋の陽射しが斜めに差し込み、杖の影が細く伸びる。清彦はその杖を頼りに、静かに実家を離れていった。一歩ごとに、土間の音が遠ざかり、家の匂いが薄れていく。
後ろから慌ただしい足音が迫った。
「兄さん!」
振り返る間もなく、若い影が清彦の前に飛び出してきた。弟、清司だ。思えば、清彦は、出征前から清司の、春江に対する淡く若い恋慕に気がついていたような気がする。清彦が戦死したと知らされたのであれば、こうなることもごく自然な事のように思われた。
彼は道に膝をつき、地面に額をこすりつけるようにして土下座した。
「兄ちゃん……兄ちゃんに、なんと詫びればよかか……!」
声は涙でつぶれ、言葉にならない。
清彦は、じっと弟の背を見下ろしていた。片脚を失っては、視線を合わせるためにしゃがむこともままならぬ。かろうじて、肩に手を置き、穏やかに、ただ淡々と口を開いた。
「……春江と、清志郎を頼む」
命令でもなく、懇願でもなく、ただ一つの願いを託すように。
清司の背中が震え、地面に落ちる涙が土を濡らした。
清彦は、それ以上言葉を重ねず、土下座する清司をそこに置き再び歩き出す。
なんてことだ! 蓮は自分の曽祖父の代に起きていたことに対し、どう考え思えばいいのか、夢の中なりに混乱した。あまりに、誰も救われなさすぎじゃないか! 自分の事ではなかったが、怒りであり、悲しみであり、寂寥でもあったし、どれでもなかった。
そして、彦爺、どうしてこうも静かなんだ?
夕刻の風は乾いて、耳の奥に虫の声だけを残す。途中の小さな社で足を止めると、拝殿の軒がちょうど雨風を避けるにほどよく、清彦はそこを借りた。賽銭箱の脇に背を預け、杖を横に置く。木の匂い。注連縄の藁に残る手触り。袖口から入り込む冷え。腹の虫が鳴り、遠くで犬が吠え、どこかの家の戸が一度だけ軋んだ。
同じ野宿だというのに、あのビルマでの半分濡れた泥濘に漬かり、敵兵におびえながらのものを思えば、何と平和な事か! ひょっとしたら清彦は初めて日本に帰ってきたことを実感したのかもしれない。
夜が降りきると、鳥の気配も消えた。星が軒の切れ間にいくつか見え、それを確かめるように目を閉じた。
ここからは10倍速。
朝もやを割るように歩き出す清彦。
川筋を渡り、田の間を抜け、益城の町並みが近づく。
「光照寺」と記された板標。山門の瓦。鐘楼の柱の節目。庫裏の土間に伸びる光。
封筒の書付を見た住職が、何も多くは問わず、ただ一度頷く。
箒を持つ清彦——落ち葉が掃き寄せられ、山になる。
井戸の釣瓶を引く——桶の水面が陽を弾く。
薪割り——鉈がまっすぐに降り、年輪がぱきりと割れる。
庫裏の離れ——夜更けに体を横たえ、咳一つ飲み込む。
昼下がり、子供たちが寺の縁側に腰を並べる。
算盤の玉が小気味よく走り、かなの手本が紙の上に並ぶ。
間違えると舌を出して笑い、合えば得意げに頷く。
清彦は、板戸に背を預け、指で空に字の形をなぞってみせる。
「ここで止める。ここは細く」
子供の眉間の皺がほどけ、紙に新しい線が一本通る。
物置の陰、擦り傷の少年に消毒液を含ませた布を当てる。顔をしかめる少年の手を言葉で外す。
「数えるぞ。いち、にい、さん——はい終わり」
奥から出てきた祖母が何度も頭を下げる。
別の日。指を挟んだ青年の爪の際を整え、簡易の副木を添え、布で固定する。
虫に腫らした腕には冷やした薬草をあてがい、熱を測るときの顔はどこまでも静かだ。
夕刻の座敷、ほの暗さに線香の煙がまっすぐ伸びる。
鐘が一度だけ鳴る。音は薄闇を渡って、畑の向こうでほどける。
そして、夜。
蝋燭の小さな火。
清彦の鉛筆は、紙の上を止まりなく進む。
細く立つ影が、行の端で揺れては戻る。
何を書いているかは、知ることが出来ない。
季節の断片が、ぱらぱらと継がれていく。
柿の橙が庇の外で濃く、霜の白さが夜明けの土を薄く覆い、雨の粒が石段を斑に光らせる。
袂に入った粉薬の紙包みが増え、子供の背がわずかに伸びる。
笑い声、泣き声、釜の蓋の鳴る音——それらが一つの輪になって日々を回す。
——十倍速のような流れの中で、ただ一度だけ速度が落ちる瞬間を見た。
夜半、蝋燭の火がふっと短くなり、清彦が筆を止め、宙に視線を置く。
窓の外、遅い風。
そのわずかな静止に、彼が何を見ているのかは、わからない。ただ、次の瞬間にはまた鉛筆が動き出し、紙の上に細い線が連なっていった。
ある晩の事だ。
厚さにムラがある質の悪い窓ガラス越しに月を見ながらいつものように何かを書いていた時に、窓の外から、息をひそめるように、しかし切羽詰まった声色で清彦に呼びかける声があった。
「坂本さん」
ビルマで清彦の一年前に、先に復員するために別れた佐久間秀幸だった。傍に人影、女性のようだ。素直に戦友と再び会えたことを清彦は喜んだが、同時に、よりによってこの時間、ただならぬ雰囲気も感じた。
「よく来てくれたな。まぁ、とりあえず上がれ」
つられて清彦も声を潜めてしまった。
上がって部屋に入ってきていきなり、佐久間は清彦に土下座して見せた。
「面目ない!」
清彦は訳が分からない。ひょっとして佐久間にとんでもない不利益を負わされたのだろうか?
どうも違うようだ。復員して妻子身内一切を失った佐久間は、無気力で自暴自棄になり、気がつけば愚連隊に身を落としてしまったらしい。そういえば、佐久間が身につけているのは、どこかちぐはぐな堅気のものが身につけているものではないように思われた。そういう自分の不甲斐なさを、かつての戦友を目の前にしていたたまれなくなった、と言うのが土下座の一つの理由らしい。
そして、隣に同じく深くお辞儀をしている女性だ。聞けば彼女は佐久間の愚連隊のボスの情婦だったらしいが、佐久間と同じく福岡の空襲で家族をすべて失い、ボスに心ならずも手籠めにされたのだが、境遇が似た佐久間と心を通わせ、絆され、駆け落ちしたとの事だった。名を澄江という。
ボスは澄江への恋慕というよりは、メンツをつぶされたことに怒り心頭で、執拗に佐久間と澄江を追跡する。見つけ出して八つ裂きにすると言っているのだそうだ。
不謹慎にも清彦は笑ってしまった。半ば隠遁者のような自分に比べ、この佐久間と澄江の二人、ついでに愚連隊のボスも、なんと、元気というか闘志があるというか、生臭いというか。本当は生きるってこういう事なのかしら、と一瞬考えてしまった。
「疲れたろう。とりあえず布団は借りてきてやる。休もうじゃないか。明日、此処の住職に相談しよう。」
笑ってしまいそうになったことをごまかすように、清彦は言った。
翌朝、清彦は、佐久間、澄江を伴い、光照寺住職松原玄真に、佐久間の身の上を明かしたうえで、何とか佐久間を遠くに逃がすなど、できないか? と相談した。佐久間が自分が属していた愚連隊のボスの名前を言った時、玄真は「あのヤロウ、生きていやがったのか!」と、苦々しく言った。
結局、佐久間と澄江は、玄真の手引きで日向に逃れることになり、三日後、光照寺を旅立っていった。その後、音信はプツリと途絶える。
1959年の春先、日向の山中で、男女二人の白骨死体が発見される。ひどく暴行を受けたような痕跡が何とか見て取れたが、他に何の手掛かりもなく、未解決事件として処理された。
寺男をしながら、近所の子供に勉強を教えたり、簡単な医療行為を行ったりして過ごしていた清彦だが、1950年の晩秋、風邪をこじららせて、あっけなく死んでしまった。ビルマでの無理がずっと体に残っていたのだろう。
小学生になっていた、清彦の息子、清志郎には直接清彦の死が知らされたわけではない。しかし、両親や曾祖父の様子から清彦の不幸を推察してしまった。
両親は、夜、子供(清志郎や妹たち)が寝静まる時間、座卓で差し向かいで二人して泣いていたし、祖母ツヤは曾祖父の部屋で、入り婿だった祖父寛治は座敷で、それぞれ一人で、うつむき方を震わせていた。清志郎自身は、清彦の事は極幼い頃の記憶しかない。何となく生きていることは知っていたが、養父清司に遠慮もあり、遂に光照寺に会いに行くことはなかった。以来、清志郎から見て、両親や曾祖父は心から笑うことがなくなったように思う。
更に何年か経ち、光照寺の境内に高校生の少年が訪れた。清志郎である。墓銘も刻まれていない、隅っこの墓の前に立った。しばらくそうした後、しゃがんで手を合わせた。
特に何をするわけでもない。その後清志郎は、本堂の階段に腰掛けて、何を考えるわけでもない、空を見上げていた。
ここで、蓮は目が覚めた。寝付いたのが日が出てからだったので、夕方の中途半端な時間に目覚めてしまった。大学は・・・サボりだ。
それにしても、随分と長い夢を見たような気がする。怖い、という感覚はないが、何とも寂寥感と救われなさが充満したような、ある種の悪夢のようにも思えた。
そして、曾祖父の、自称守護霊、坂本清彦の幽霊と来た日にゃ、蓮の本棚から「バカとテストと召喚獣」を抜き出して、読んで居やがりましたよ。
清彦がケタケタと笑いながらラノベをめくる姿を、蓮は呆れたように見ていた。ついさっきまで目にしていた光景――ビルマでの死の脱出劇、佐久間と澄江の末路、家族を泣かせた清彦の死、そして清志郎の墓前での沈黙――。鬱シリアスの主人公じゃなかったんですか、この人? それらと、この半透明の男の姿とが、どうしても結びつかない。
「同一人物・・・・だよな?」
思わず口をついて出た蓮の問いに、清彦は少しの間だけ笑いを止め、何とも言えない顔をした。懐かしさ、後悔、そして照れをごちゃ混ぜにしたような表情だった。
「あぁ、蓮君も清志郎と同じ夢見たんだな。別に僕が演出したものじゃないよ。現に僕が知らない場面も見てるみたいだし。ビルマではいつくばった挙句、脚無くしたのも、蓮君の本見て笑ってるのも、僕なんだと、御承知願いたい。死んじまうと、重たいもんはみんな置いてきぼりにしてくるらしいよ。
っていうか、本当のことを言うと、僕は若い頃、医者じゃなくて、劇作家になりたかったんだわ。柳屋金語楼って知ってる? 何かな金語楼の落語が進化したらこんな感じになるのか、と、ちょっと嬉しい。あぁいうのの台本を書く人になりたかったんだよ。」
おや、これは意外な展開。じゃなくて、蓮は清彦に、どうして家の敷居を跨がせてもらえなかったときに、ああも穏やかでいられたのか確かめたかった。が、それを切り出すタイミングがつかめない。
そうこうしている内に、このスチャラカ幽霊、またバカテスにのめり込み、腹を抱えて笑い出す。
蓮は、なんとも釈然としない気持ちで溜め息をついた。けれど、その笑い声が不思議と、さっきまでまとわりついていた寂寥感を少しだけ吹き払ってくれるのも確かだった。
その夜、布団に横になった蓮の耳には、まだ遠く、山中で聞いたような、誰かの泣き声の残響が残っていた。清彦の笑い声と入り交じり、現実と幻の境目が、妙に曖昧に揺れていた。
それでも蓮は目を閉じた。眠りの中で、また誰かに呼ばれる気がしていた。
けれど、その声が悲しみなのか、救いなのかは、まだわからなかった。
2025年8月15日金曜日
「贈与」に至る/あらかじめ組み込まれた自壊のプログラム? 4 「デジタル生存競争」要約
岡田斗司夫氏のYOUTUBEチャンネルで、いつだったか、ダグラス・ラシュコフ氏の「デジタル生存競争」についての話があった。冒頭の紹介で、ちょっとね、これは衝撃的だった、と言えばいいのかな?
オレから見て、もうこの文明には先がない、と言う見方というのは、単にオレが暗愚なだけで、頭のいい奴等にはちゃんと、この世界の未来像は描けているに違いない。普段は、「あと、二、三世代で人類は絶滅近くまで衰えるさ」とか「そろそろ生態系総入れ替えがあるんじゃない?」なんてうそぶいているオレだが、どこか楽観しているところがあった。
ところがだ、今を時めくテック系スーパーリッチたちは、ちっとも人類の未来なんて考えていない、という、これはラシュコフ氏の考えではなく、氏が実際見聞きしたことであるというところがね、なんともはや。
物語の始まりは、ラシュコフ氏が高額な講演料を提示され、「未来について語ってほしい」と依頼される場面だ。
彼はテクノロジーに関する一般的なカンファレンスかと思って出向くのだが、実際には遠隔地の高級ホテルに通され、待っていたのは5人の超富裕層の男性たち――すべてテクノロジー業界の成功者、つまり現代の「支配階級」とも言える億万長者たちだった。
彼らは次々と質問を投げかけますが、その内容は彼の予想を大きく裏切るものだった。「ニュージーランドとアラスカ、どちらが気候変動後により安全だと思うか?」とか、「地下施設の空気循環をどうすべきか?」とか「AIを使って警備員の忠誠を管理する方法はあるか?」とか、「自分の資産を守るには、どのような技術が必要か?」等々。
つまり彼らは、「いかにして文明の崩壊後に自分だけが安全に生き延びるか」というテーマにしか関心がなかったのだ。しかもその議論は、世界の修復や共有の未来を築くための話ではなく、「他者から切り離された自分だけのシェルターで生き延びる」という、徹底的に利己的なもの。 ここでのラシュコフ氏が受けた衝撃たるや。岡田氏のチャンネルを聞いて、自分でも読んで、オレだってそうだった。彼らは社会をより良くするテクノロジーの活用ではなく、テクノロジーを「逃避装置」として利用している。しかも、こうした考え方――自分たちが創った問題の影響から自分だけを守ろうとする姿勢――は、実は現在のテック業界全体に広く浸透している「思考様式(The Mindset)」であると彼は分析している。
このまま第一章、行っておこう。
第一章では、冒頭で提示された「マインドセット(The Mindset)」という考え方をさらに深掘りしている。
ラシュコフ氏が言う「マインドセット」とは、現代のテック億万長者たちが共有する、非常に特徴的な世界観のようだ。それは以下のような前提に基づいている。
〇人間社会は根本的に壊れている。
〇進歩とは、テクノロジーによって自然や人間性を「制御・超越」すること。
〇問題は「修復する」よりも、「脱出する」方が合理的。
〇富と技術こそが生き延びる手段であり、倫理や共感は贅沢品。
このマインドセットにとらわれることで、富裕層は世界の不平等や気候危機といった「自分たちが加担してきた問題」から目を逸らし、むしろそれらを前提として自己防衛にリソースを注ぐようになる。
しかも彼らは、社会的連帯や制度の改善よりも、「仮想通貨」「AI」「宇宙移住」「地下シェルター」「サイボーグ化」といった“個人だけが逃げ切るための技術”に投資していく。
ラシュコフ氏はこれを「テクノロジー信仰の終着点」だと批判する。もともと、インターネットやIT革命は人々をつなげ、知識や権力を分散させるためのものでした。しかしその理念は、今や富裕層によって乗っ取られ、「選ばれた者だけが“後”を生き延びる」ための道具へと変質してしまったのだ。
また、ラシュコフ氏は「このマインドセットがテック界だけでなく、一般市民にも影響を与えている」とも指摘している。たとえば多くの人々が、資本主義に不満を持ちながらも「自分もいつか勝者になれる」と思ってしまう幻想に取り込まれているというのだ。
この章では、ラシュコフ氏が非常に重要な問いを投げかけている。 「本当にテクノロジーは進歩しているのか? それとも“逃げ方”が進化しているだけなのか?」
この問いを軸に、この本は今後、ビジネス、教育、仮想通貨、AI、宇宙開発などの分野で「マインドセット」がどう作用しているかを見ていっている。
さて、困ったね。棹差せば何とかなるなんてことはないけれど、今の流れに身を任せていても、ジリ貧からの破滅的衰退しかないようですよ、人類ったら。
第二章以下をざっと要約していく。
第二章:暗号通貨と脱中央集権の誤算
仮想通貨は自由と平等の理想を掲げつつ、現実では投機と格差再生産の手段となる。リバタリアニズムとの親和性が個人主義と自己保存に結びつく問題を浮き彫りに。
第三章:宇宙と身体からの脱出願望
火星移住や意識アップロードは、人類共通の修復より“選民の脱出”を目指す極端な思想。テクノロジー信仰を宗教的救済と見なす視点で、現実逃避を批判。
第四章:教育とビジネスにおける階級再生産
教育とビジネス構造がエリート層を選抜し、連帯を弱める。企業家精神や競争が社会的責任を後景に追いやり、構造的格差を固定化するメカニズムを明らかに。
第五章:自己中心的社会の進行
競争主義と個人主義が倫理や共感を圧殺し、情報格差と孤立を助長。人々を“個別化”し、協力と連帯感を失わせる結果として、社会全体が分断されていく危機を描写。
第六章(仮称):改革への処方箋
テクノロジーを社会的連帯の道具とし、共感と協力を基盤に教育・ビジネスを再設計。富の再分配・贈与的経済への転換を目指し、人間らしさの回復を提言する。
最終章(まとめ/展望)
マインドセットを批判し、個人と社会の再編を訴える。選民的思考から協力型社会へシフトすることで、持続可能で倫理的な未来が構築可能であると結ぶ。
どうする? 革命でも起こす? まぁ、誰もそんなガッツないよね。やっても明るい未来が来るとは思えない。さっきから、オレの中のジョニー・ロットンが、囁くどころか、「No future for you!」ってがなってるんだが。
ラシュコフさん、マインドセットをどんなふうに変えるのか、そういう提言で終わっているが、まぁ、告発までは衝撃的だった。でも、それへの対処はなんというかな、これまで切り返されてきた優等生的結論の域を出ていない。 確かに、そんな風に変わって行けたなら素晴らしいけれど、どんな形を目指すべきかは言えても、そこまでのロードマップが提示されていない。
どうやったら変えていけるんだ? いったいどうやったら変えられるんだ?
2025年8月14日木曜日
《創作》寝取られ幽霊 第3話 地獄巡り 中
プレスコードと戦後言論空間の歪み、その継承
2025年8月13日水曜日
ハザードマップを越える水
なんかふわっとした結論ですみません。
《創作》寝取られ幽霊 第2話 地獄巡り 上
明晰夢とはこういうものの事を言うのだろう。蓮はそう思いながら、眼前に展開される、物語、なんだろうか、ある男、って、ぶっちゃけさっき目の前に現れた、自称守護霊、曾祖父だという坂本清彦の生涯を早回しで見せられていた。何倍速?
九州帝国大学の医学部を出て、地元熊本の古田病院に勤務。のちに、それはそのまま知らされた曾祖母となる山岸春江を娶り、一男をもうける。
そのふたりの間に生まれた男の子、蓮にとっては祖父にあたる清志郎が建て替えたのが現在の蓮の実家で、その建て替え前の家の縁側で、まだ2歳か3歳の清志郎が、清彦の膝で「とうちゃ」と甘えていたのが酷く印象に残った。
招集、というより従軍と言うべきか、清彦は56師団の軍医としてビルマ、ミイトキイナに赴任していた。秩父出身ながら筑紫炭鉱で炭鉱夫見習いをしていた18師団の若い上等兵、大沢辰造を弟のように気にかけていたのだが、18師団の居残りになるほどの負傷をしたため、内地に返すこともできず、ずっとミイトキイナに留め置きになっていた。面倒を見ていた清彦もまた、1944年の7月末まで、辰造の面倒を見るために、ミイトキイナに居残っていたわけである。
穴は浅かった。濡れた土は重く、シャベルは半ば柄が折れていた。
それでも清彦と佐久間は黙々と穴を掘り続けた。大沢辰造はまだまだ漸く傷が塞がったところで、この後のことを思えば、ここで体力を使わせるわけにもいかず、横に荷物を持って立たされていた。
強い雨だった。葉を打つ音が重なり、音の境界が消える。
穴のそばには、一枚の破れた毛布に包まれた遺体が横たえられていた。
石塚軍曹。
数日前からマラリアにうなされ、水も口にせず、今朝方、息を引き取った。
遺書もなければ、家族のことも何も語らなかった。
ただ、写真らしいものを一枚、濡れた包みの中に忍ばせていたのみだった。
「……石塚軍曹、失礼します」
坂本が目を閉じて一礼し、佐久間がそっと毛布の端をかぶせた。
誰も泣きはしなかった。泣けるほどの体力も、涙も残っていない。
土を戻す音だけが、雨音に混ざって、静かに続いた。
土をかぶせ終えたあと、しばし誰も動かなかった。
静寂のなか、清彦が両手を合わせて口を開く。
「……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
低く、短く、それだけ。
佐久間がちらりと目を動かし、仕方なさそうに続けた。
「……南無妙法蓮華経……なんまみょうほうれんげきょう……」
少し間が空いて、大沢も慌てたように手を合わせる。
「……南無大師遍照金剛……」
妙な沈黙が落ちた。三人、それぞれ微妙に目を合わせかけ、そらした。
誰も口にしなかったが、心のどこかで「ん?」という思いはあった。
「……ま、気持ちだけでもな」
と、誰かがぼそりと漏らし、他の二人はうなずきもしなかった。
それ以上は何も言わず、再び雨の音に沈んだ。
突然、甲高い声が響いた。
「――整列ッ!」
反射で数名の兵が体を起こした。何人かは顔をしかめた。
声の主は、あの栗山曹長だった。一言で言えば、嫌われ物の上官。かつてはよく怒鳴り、下士官相手に威を張り、食料の配分をめぐって口論を繰り返した男。それでいて、上役には媚びへつらい、下士官たちにはうっすら軽蔑されていたのだが。
その栗山曹長、その立ち姿にはいつもにはない、静けさと緊張感があった。
「坂本伍長、佐久間軍曹、大沢一等兵、前へ!」
三名が静かに前へ出る。栗山は一歩進み、鋭く叫んだ。
「敬礼ッ!」
全員の右手が、一瞬、揃って額へと上がる。
背後から足音。栗山が振り返り、一歩下がって姿勢を正す。
水上少将が現れた。軍帽の庇の奥から鋭く光る眼差し。泥と疲労にまみれた軍服の上に、なお将官の風格があった。
「……石塚軍曹の埋葬は終わったか。…貴官らが殿となった。本陣地より移動を命ずる。」
それだけを口にすると、少将は三名の顔を順に見た。
「栗山曹長、準備は?」
「はっ。包帯、モルヒネ、乾パン一日分、弾薬三装填分。すでに配備済みです」
少将はうなずいた。
「坂本伍長、貴官に命ず。佐久間軍曹、大沢一等兵とともに、南方突破を実行せよ。
敵前線を避け、後方陣地との連絡を図れ。……我らの記録と意志を、生かして届けよ」
沈黙が落ちる。
やがて坂本が、少将に向かってゆっくりと敬礼を返す。それに倣って、佐久間と大沢も静かに腕を上げた。
栗山が再び前に出る。
「なおれ!」
三人の手が下がる。
「――右、向けェ、右ッ!」
三名の身体が揃って、東方のジャングルへと向き直る。湿った風が、倒れかけた遮蔽物の布を揺らした。
「行軍、始め!」
張り上げた声で言った後、栗山は呟いた。声は、誰にも届かぬほど小さかった。
「……命令は、俺が出した。もし帰れたら、そう伝えろ」
坂本は振り返らなかった。
ただその背だけが、過去を背負い、密林へと消えていく。
誰も声をかけなかった。足音も、枝のきしむ音も、やがて風に紛れて消えた。全員が、しばらくその方角を見ていた。だが、やがて一人、また一人と視線を落とす。
そして、その直後だった。
――乾いた銃声が、一発。
それから少し間をおいて、もう一発。
音は遠く、だが明瞭だった。風が一筋、遮蔽物の布を静かに揺らす。
誰も何も言わなかった。ただ、そこにいた者たちの背筋が、いくらか正された。
夜明けと共に、三つの影が音もなく木々の隙間を縫うように進んでいた。
空は鉛色。雲は重く垂れ込め、密林の奥まで湿った光が差し込んでいる。土はすでにぬかるみ、足元には無数の棘を孕んだツルや、濡れ落ち葉の層が積もる。呼吸を抑えながら、一歩ごとに脚を運ぶ。それでも、湿った空気が喉を焼くようにまとわりついた。
先頭を行くのは坂本清彦。伍長。軍医部所属、医師をしているときに徴兵されたが正式な軍医ではない。かろうじて衛生兵としての訓練を受けただけの、いわば“臨時”の命を背負う者だった。
彼の後を追うのは佐久間秀幸。軍曹。坂本と同じくらいか幾分若くで、軍医補佐として中隊の後方に常駐していたが、ミートキーナの崩壊後は逃げ延びる仲間を選ぶ暇などなかった。かつての整然とした陣形は、もう存在しない。
最後尾、大沢辰造。一等兵。19歳。初年兵として合流してからわずか4ヶ月、階級章もまだ洗い立てのように白く、負傷の予後ではあったが無言の背中に必死でついている。
銃を構えることなく、だが常に二手先を警戒しながら、彼らは歩いた。坂本は手信号で前方の茂みを指し示し、佐久間が一歩踏み込み、枝をかき分けて進む。大沢は振り返ることもなく背を守る。言葉は交わさない。声は死を呼ぶ。
水を含んだ蔦が脚に絡む。蒸した泥が靴に食いつく。全員の装備は最小限に削られ、銃と弾薬、乾パン少量、そして包帯とモルヒネ。食料も医薬品もすでに配給は絶えて久しい。
坂本はこの方向を選んだ。南東へ。ジャングルの尾根筋を伝ってバモーへ向かう。生きている部隊がいるかもしれない。彼らは誰からも命じられていないが、自分たちが戻らなければこの敗走の記録さえ残らない。
それが、脱出前に水上少将から託された唯一の言葉でもあった。
空が完全に明るくなった頃、三人は小さな沢を越えた。川幅はわずか一間。だが深さはある。佐久間が先に膝まで浸かって渡り、対岸で待つ。大沢が続き、最後に坂本。木の枝を杖にして体を支える。苔が滑る。慎重に、音を立てないように。
そのとき、微かに何かの気配がした。
佐久間の指が止まった。すぐに右手を下げて地面に伏せる動作。坂本と大沢も即座に従う。
静寂。密林の息づかいだけが周囲を包む。
その中に、革靴が濡れ枝を踏む乾いた音が一つ。さらに、小さく囁くような声。中国語だ。
斥候部隊か。向こうも慎重に動いている。銃声はない。接敵距離が近い。目視すれば終わりだ。
三人は泥に沈むように地面へ身体を預けた。全身の筋肉が緊張で硬直する。鼻腔に泥の匂いが満ちる。目の前を、三人編成の中国兵がゆっくりと通り過ぎていった。
顔を見ずとも、肩にかけた装備と銃の形状で分かる。軽装の偵察隊。だが機関銃を背負っていた。発見されたら、逃げ場はない。
やり過ごすまで、呼吸を止めるほどの時間が流れた。ようやく音が遠のくと、佐久間が小さく頷いて再び立ち上がった。
坂本も無言で頷く。斥候がこのエリアを使っている。ということは、このルートは補給路か、監視線上にある。別の尾根筋へ移動しなければならない。
東へ数百メートル迂回し、再び南下する道を選び直す。
午後に入り、雨が降り出した。最初は、密林の葉が微かに擦れる音だけだった。葉の上に溜まった雫が一つ、また一つと滴り落ち、それが地面の泥を打つ。匂いは、急に濃くなる。湿った土に、腐りかけた落ち葉の甘酸っぱい匂い、どこか遠くで咲いている花のむせ返るような香りが混ざる。雨粒が頬や首筋に触れるたび、ひやりとした感覚と、すぐにぬるくなる温度変化が肌を這った。
三人は樹幹を縫いながら進む。足元の泥は、踏み込むたびに吸い付くように靴底を離さない。ぐっ、という重たい音とともに靴が引き抜かれるたび、泥が糸を引く。そこに細かい砂が混じり、指でこするとざらついた感触が残る。ときおり、足首にまとわりつくように細い蔦が巻きつき、それを手でほどくと、生温い水滴が掌を伝った。
山の背をひとつ越えたあたりで、前方の竹藪から銃声が裂けた。乾いた破裂音が木霊し、すぐ近くの土がぱちりと跳ねた。反射的に三人は伏せた。耳の奥に、銃声の余韻がいつまでもこびりつく。雨音の層が、その上に薄く積もる。
狙われている。胸の奥で心臓が一拍ごとに熱を持つ。姿は見えない。だが射手の位置は、葉の揺れ方と音の方向で分かった。坂本は右の潅木に滑り込もうとした瞬間、左脚膝に衝撃を感じた。石をぶつけられたような鈍い衝撃の直後、焼けるような痛みが遅れて押し寄せる。視界の端が赤く滲む錯覚があった。
佐久間が無言で駆け寄り、坂本の腰の包帯を引きちぎって膝の上を縛る。指先は迷いなく動き、結び目が一瞬で締まる。その手は血と雨で滑っていたが、力強かった。大沢は背後を警戒し、反対側の斜面への退避を合図する。
膝の痛みは脈打つたびに鋭くなり、坂本は歯を食いしばって立ち上がる。佐久間の肩を借りて斜面を下りる。泥と落ち葉が滑り台のように身体を押し出し、腕で幹を掴むたびに、樹皮の湿った匂いと、そこにこびりついた苔の匂いが鼻を満たした。
銃声は追ってこない。奇襲ではなかったのか、それとも威嚇か。だが油断はできない。雨脚は強まり、視界の輪郭が白くにじむ。
やがて三人は樹の陰に身を寄せ、坂本の脚を改めて確認した。弾は膝のすぐ下をかすめ、骨は砕かれていない。それでも歩行は難しい。雨水が包帯に染み込み、血と混ざって暗い色を帯びていく。
今夜は移動できない。三人は、根元の開いたバナナの木の下に潜り込んだ。葉が幾重にも重なり、上から落ちる雨粒が葉を叩く音が、太鼓のように低く響く。下は湿った土で、手をつくと、指の間からぬるりとした冷たさが這い上がってくる。
匂いは濃い。土、葉、雨、そして自分たちの汗と血の匂い。湿気が肺にまとわりつき、息を吸うたび、ぬるい空気が喉を擦る。遠くで何かが鳴いた。甲高い悲鳴のような声。鳥か猿か、あるいは人か、判別がつかない。すぐにまた別の音――葉がかすかにこすれる音。風か、それとも何かが移動しているのか。
三人は声を出さずに耳を澄ました。時間が伸びる。音の一つ一つが、雨粒と同じくらい輪郭を持ち始める。水滴が落ちる音、葉の先から落ちる雫が泥に吸い込まれる音、湿った蔦が風で揺れるときの軋み。背後で大沢が息を呑む気配があったが、すぐに静まった。
その夜は眠れなかった。まぶたを閉じても、音と匂いと湿気が、全ての感覚を塞いでくる。
熟睡していたわけではない。三人とも、体は横たえていても意識は泥の底を漂うように重く、時折浮かび上がってはまた沈む。耳の奥で雨音が形を変える。遠雷のように響くかと思えば、次の瞬間には誰かの囁き声に聞こえた。その囁きの調子が、柳屋金語楼の軽口に似ていると一瞬思い、清彦は自分でも訳の分からない苦笑をこぼす。すぐにその笑みは引っ込み、今度は長谷川伸の浪曲の節回しが、湿った匂いと共に脳裏を過ぎった。夢と現実の境が曖昧になる。薄闇の中で、葉の影が人影に見え、幹の割れ目が眼のように光った気がした。胸の奥で不安が脈打ち、呼吸は浅く速くなる。ふとした気配にまぶたが開く。雨を背負って立ち並ぶ複数の影――囲まれていた。
2025年8月8日金曜日
AIによるマネタイズ大作戦・・・? 2
創作物をマネタイズできないか?という話から、実際にどうやって「仕事」にしていくか、ChatGPTと相談しつつ考えてみた記録、の続き。
マネタイズっていうか、この辺でなんとか仕事を得ようと思っているのだが、どうなんかなぁ? ChatGPT、ほめ殺し気味にオレをおだててくるけれど、本当にそのような質をオレの創作物が持っているものやら?
んで、いよいよ、お金をいただきます、と言う段階って、すごくハードル高く感じるわけですよ。誰かが作ってくれた仕組みに則ったわけではないところで。
大きく3本道筋を考えている。
1.ChatGPTを参謀にして、個人創作で勝負する
→ noteやブログで連載、無料公開からのマネタイズへ。
2.ネット・ハロワ経由で、実務の現場に触れる
→ 執筆系や制作補助などの実地訓練を狙う。
3.Webデザイナー等の研修を受講する
→ 技術を身につけて、安定収入も選択肢に入れる。
一つ目のChatGPTを相棒にして、という事に関して、ざっと前項で選択肢を示してくれた。
文章を、もっと書いて、完成させて、というところからだなと思う。書きかけがいっぱいあるんすよ。
二つ目、三つ目は、それはそれでちゃんとスケジューリングしてこなしていきましょう。今週末、親父の四十九日の法要があるから、それが終わってからだな。それらもネタにしていく。
ではここから、前項のChatGPTとのダイアログの続きを。
Me:
”小説・戯曲・脚本の販売”について、想定しているジャンル、一通り無料で公開したのちのほうがいいかな?
ChatGPT:
結論から言うと、はい、「一通り無料で公開したのち」にマネタイズに移るのは、非常に有効な戦略です。特にナカヤマさんのように、ジャンルが複数にまたがり、文体や構成力で勝負するタイプの創作家には向いています。
無料公開→マネタイズ戦略が有効な理由
1. 読者との信頼構築
無料で読めるからこそ、新規読者が気軽に入ってこれる。
その中で「この人の作品は質が高い」と思わせれば、次作・続編・設定資料などで自然に課金される。
2. 評価・レビューの蓄積
●カクヨム、note、pixivなどで評価やコメントがつくと、それ自体が「信用」「宣伝」になる。
●書籍化や商業オファーへの足がかりにもなる。
3. 「無料分だけでも濃密」という印象が残る
●読者は「ただの試し読み」ではなく、「この人の世界観をしっかり見られた」と感じる。
●結果、有料でも買う動機になる。
実行プラン(段階的マネタイズ)
段階 | やること | 目的 |
---|---|---|
第1段階 | 主要作品ジャンルを無料公開(カクヨム・note) | 読者層の開拓・反応確認 |
第2段階 | 関連資料・設定・制作秘話を有料記事化 | コアファンからのマネタイズ |
第3段階 | 完全新作を有料頒布/書籍化/PDF販売 | 収益化・読者育成の成果活用 |
第4段階 | 相談サービスや創作指南などの提供 | 知識・ノウハウの収益化 |
ナカヤマさんに向いている「無料公開→マネタイズ」の例
作品タイプ | 無料部分 | 有料部分 |
---|---|---|
歴史劇脚本 | 全話公開 | 解説・人物相関図・演出ノート |
戦後史を描く小説 | 第一部+人物紹介 | 第二部(家系・因縁編)/電子書籍版 |
異世界幻想物語 | 冒頭〜中盤まで | 終盤+設定資料集 |
設定資料集 | 一部キャラのみ | 世界観+系譜まとめPDF(有料DL) |
具体的な注意点
●無料=価値がないと思わせないこと
→ 見せ方・構成・更新ペースを丁寧にすることで「本気度」が伝わる。
●連載で引っ張りすぎない
→ 読者を疲れさせない範囲で、一つのまとまりを無料で完結させると信頼度UP。
●読者とのコミュニケーションは積極的に
→ コメント返信・進捗報告で「距離感の近い作者」になれる。
ご希望あれば、ナカヤマさんの具体的な作品構想に応じて「どこまでを無料で出し、どこからマネタイズすべきか」具体的に線引きしてご提案も可能です。
これまで、HTMLのタグで、しこしこホームページを作っていたころから28年、やがて30年。やりたいことをやりたいようにやってきただけだったので、正直「コアなファン」など・・・いないんじゃないかな? アカン。ちょっとダウナーになってきた。
とりあえずだ、「連載で引っ張りすぎない」というのと「読者とのコミュニケーションは積極的に」はちゃんとやっとかないと、だな。もう、これまで書きっぱなしだったし。
となれば、これまで、確かにビュー数は気になっていたが、コメントとか就くようにしていかないとダメか。まぁ、ぼちぼちだな。ビュー数、コメントの取り方、やりながら色々考えていこう。そっか、その前に記録か。
逆に、どの時点から有料化するか? 今のままなら、別に無くても、いや、あってもなくても。たまたま読んでみた、程度だろう。これがオレの書いた物でも楽しみにしてくださっている方がいる、と、実感できてから、ということなんだろうが、追い追いだな。
ChatGPTとのダイアログ、もう少し。
Me:
紙媒体の時代なら文学賞への応募とかあったと思うが?
ChatGPT:
おっしゃる通りです。かつて(というか今も一部では)文学賞は、「無名でも作品一本で世に出られる」数少ない登竜門でした。紙媒体の時代は特に、
●文芸誌(群像、すばる、新潮など)
●公募系(太宰治賞、三島由紀夫賞、芥川賞の登竜門である新人賞類)
が主流でした。
いま現在の文学賞の立ち位置(2025年)
現代においても文学賞は健在ですが、「賞に頼らない別のルート(ネット発)」が増えたため、以前ほど一択ではなくなっています。ただし、ナカヤマさんのように重厚な構成力・背景設定・歴史観を持つ書き手には、今でも文学賞ルートは非常に有力な道のひとつです。
実行プラン(段階的マネタイズ)
段階 | やること | 目的 |
第1段階 | 主要作品ジャンルを無料公開(カクヨム・note) | 読者層の開拓・反応確認 |
第2段階 | 関連資料・設定・制作秘話を有料記事化 | コアファンからのマネタイズ |
第3段階 | 完全新作を有料頒布/書籍化/PDF販売 | 収益化・読者育成の成果活用 |
第4段階 | 相談サービスや創作指南などの提供 | 知識・ノウハウの収益化 |
ナカヤマさんに向いている「無料公開→マネタイズ」の例
作品タイプ | 無料部分 | 有料部分 |
歴史劇脚本 | 全話公開 | 解説・人物相関図・演出ノート |
戦後史を描く小説 | 第一部+人物紹介 | 第二部(家系・因縁編)/電子書籍版 |
異世界幻想物語 | 冒頭〜中盤まで | 終盤+設定資料集 |
設定資料集 | 一部キャラのみ | 世界観+系譜まとめPDF(有料DL) |
賞に応募するメリット
●社会的信頼・箔がつく(特に純文学系)
●編集者から直接声がかかる可能性
●他の収益化(書籍化・映像化)への道が開く
●選評による改善点の発見
●同じ文脈を理解する読者に届く
賞に応募するデメリット・注意点
●審査期間が非常に長い(半年~1年)
●同時応募禁止の賞も多く、拘束力がある
●選外だと何も残らない(フィードバックなしが基本)
●テーマ性が明確でないと選ばれにくい
ナカヤマさんの場合の方針案
1.「応募用」作品は明確に切り出す
→ 例:新田修一編のような現代的テーマを「家庭と復讐」に絞って中編化し、太宰治賞や文學界新人賞に応募。
2.他の作品(蓮や幻想戯曲など)はネットでファン育成・販売
→ 並行して世界観・キャラ・読者を構築。
3.作品の厚みを活かした「設定資料」や「舞台脚本」を副収入化
→ BOOTHやnoteなど。
具体的アクション(やるなら)
●作品を1つピックアップ(たとえば「戦後を背負った男の断罪劇」など)
●文字数調整(2~5万字にまとめる)
●締切チェック(太宰治賞は例年12月末)
●テーマの明文化(何を描くか? なぜこの物語でなければならないか?)
「賞に送る候補作を、今書いている中で選びたい」「このプロット、どの賞向け?」などあれば、こちらで見定め・調整のお手伝いもできます。
などとChatGPTは言ってくれてはいるが、今は文学賞には手を出す時期ではないか。いずれ、どうする? それも含め、まず、ネットでオレはどれほどのものか見極める必要がある。それに、あまり賞には今のところ執着はない。
今はまだ、見てくれている誰かがいる実感はない。
それでも、まず書いてみようか。書いたら記録する。公開して、反応を見る、と。
……さて、この道、どこまで行けるものやら?