2022年2月15日火曜日

2022年2月12日土曜日

7346 Mclaren 720s GT3

 

7346 Mclaren 720s GT3

Mclaren 720s GT3
Dubai  2022
Brendan Iribe, Ollie Millroy, Ben Barnicoat


7345 Katana_2

7345 Katana_2

 

7344 石田ゆり子_16

 

7344 石田ゆり子_16

7343 20220115 Hunga Tonga Hunga Harpai Volcano

 

7343 20220115 Hunga Tonga Hunga Harpai Volcano

7342 CR9A-EvoVI

 

7342 CR9A-EvoVI

7341 OW74 _7

 

7341 OW74 _7

QW74  
Bol d'or 1985
rider; Christian Sarron, Jacques Cornu,Thierry Espié


2022年2月11日金曜日

7340 Sportster S 2022

 

7340 Sportster S  2022

7339 Cultus GT-i  &  コロナ禍とデータのこと 2

 

7339 Cultus GT-i 

*
 これも、画像と文章内容、一切関係がない。

 コロナの何が問題かというと、インフルエンザに対するタミフルやリレンザといった感じの有効な薬がなく、罹って症状が重くなっていって死んでしまうようなことがあったとしても指をくわえてみているしかないという点にある。巷間、死亡率はインフルエンザとそう変わらないか、寧ろ低い、などと言われているが、どの数字を基にしてそんなことを言っているのかわからない。

 コロナ禍というのは、病気自体も問題であるけれど、社会機構のいろんな問題を浮かび上がらせたように思うが、ひとつ、何かを考えるとき、その前提になるファクト、どれを参照にすればいいものやら、というのがあって、人それぞれ、場合によっては非常に怪しげな数字を持ち出し「私だけが知っている真実」を語りだす始末、なんていうのがそこかしこで見られ、折しもコロナではないが、スリランカ女性死亡の件に関する法務省の不誠実な対応(ほぼ黒塗りの報告書)や国交省のデータ改ざんなど、信用するべき公的機関が発表した数字もあてにならぬ、ということもあり、人の言うことに右往左往せねばならぬ、コロナ禍であるから切実にそれを感じたのだが、いつの間にかそういう社会になってしまっていた。
 学者ではあるが、感染症が専門ではないセンセーの言葉が状況をまぜっかえしたり、まして、その辺の事、更に全くの門外漢である芸能人の言葉を信じてしまったり、で、まぁ、カオス。

 すべての人間がそれぞれの事象の最前線にいられるはずもなく、例え自分が深くかかわる事であっても伝聞で考え判断するしかないのだが、どれを信用したらいいのか、というところで、伝える人となり以上に、どのような方法でその事象を取材採取したのかが明らかなものでないといけない。まぁ、それすら本当にそうか不明だったりするが。
 その点、数字というのは、やはりそのデータ採りの方法が問題ではあるが、まず、そこ、社会全体できちんと正しいものを目指していかないと、というところではやりやすいのではないかと思う。

 コロナに関して、PCR検査、当初からその精度等々に問題があるとは言われてきているが、よりよいものがあればそれに切り替えればよかっただけのことで、伝染伝播の状況をちゃんと把握する一次的な情報として、めったなことでやめるべきではないし、広く行われるべきであった。それをやれないというのは、逆に状況は家から一歩も出られないぐらい極めて悪いと判断するべきことなのではないか、となるべきだったが、なんか、最初から投げやりになめてた言説が多く、あれはいったいどうしたものだったか、と思ってしまう。
 感染者のステータス別統計、このネット時代に、しかし、ありもしない数字を勝手に作り出して、自分の都合がいい言説に乗せてしまうという行為も結構あったのではないか?

 役所の権威主義から不完全な虫食いだらけのデータがあるから、そのようなものが入り込む余地があるのだが、万全であればあったで、危険もあるのだから、他に二系統ほど、ちゃんとした方法で、同じ項目で数字を採れる機関があれば理想的。常にどちらの数字がより妥当なのか検討されるのが望まれる。

 かなり素飛ばして
 結構、身近にコロナが迫ってきている。実のところウチの会社でも感染者が出てしまった。これがオレの家の入り込んできてしまったら、オレを含め、3つ葬式を出さなきゃいけない羽目になる。罹って死んでしまえば、死に顔を拝むこともできない病など、断じてただの風邪などとは言わないと思う。

7338 JZA70_3 & コロナ禍とデータ

 

7338 JZA70_3

*
 スープラがセリカからの派生で、セリカがコロナからの派生だから、なんてことはなく、画像と以下の文章、全く関係がない。


 今の業務でお世話になっている、今の「宇宙戦艦ヤマト」の「真田さん」(オレが子供の頃の「ヤマト」のはそれほどでもない)に似た、もっちゃりした播州弁をしゃべる住宅地盤のコンサルタントK氏と昨夏話した折、コロナ感染拡大を表すインデックス、すなわち指標として日々の感染者数というものが適当であるとは思えない、と宣った。
 なるほど、それは日々思っていた。では累積感染者数か? というと、差分というだけなのだから意味はほとんど変わらない。日々の活動がままならない中等症または酸素吸入が必定な重症、死亡者数の比率を示すべきか? となるが、逆に言うと、そういった数字を最初に持ってくるということは、伝える側のある意図がより入り込むことになるので、結局は日々の感染者数か、またはその時点での感染者、患者の全数を出すのが適当なのだろうか?

 オミクロン株という奴が、それ以前のデルタ株よりも感染力はあるが症状が軽いというのはミスリードであった、ということではないか? 確定はしていないが。

オミクロン株「重症化スピード」は最速!第5波の3倍、発症から「3日以内」で悪化の調査結果を紐解く公開日: 更新日:

 日刊ゲンダイの記事で申し訳ないが、しかし、そんなに大きく誤ったことが書いてあるとは思えない。



 オミクロン株という奴が、それ以前のデルタ株よりも感染力はあるが症状が軽いというのはミスリードであった、ということではないか? 確定はしていないが。

 当初、特に若年層で比較的軽症であるとされていたのは、ワクチン接種が遅かったおかげで、抗体が多かったため、その効果があったためであり、それでも”ブレイクスルー感染”が起きるほど感染力は強烈なのだ、とうことだったのではないか? まぁ、ワクチン自体完璧ではないということなんだろうが。

 だとすれば、テレビの提示のニュースで伝える分には常にはそう項目を多く伝えられないものの、感染者の属性をできるだけ細かく分けることも必要なのではないか?
 年齢性別は普通の事として、ワクチン接種者と未又は非接種者を症状の重さごとに。他にもスプレッドシートの縦の項目横の項目に加えるべきことがあるかもしれない。

 まぁ、そんなことをしだしたら、それはそれで抗議する奴は出てくるんだろう。ワクチンに忌避観を持つ人間というのも結構いるし、その辺で。

 ワクチンの忌避感あたりの事は、稿を改めることにする。


7337 ND5RC 990S

7337 ND5RC 990S

これで黄色けりゃ、ワルいピカチュウ

 

2022年2月5日土曜日

7333 VR1000

 

7333 VR1000

7332 GPz400F &  note「アウトサイダー」/ コリン・ウィルソン 0-4

7332 GPz400F

  どうも政治的なことに、コリン・ウィルソン的「アウトサイダー」の定義を求めるのは、間違いのような気がしてきた。体制に寄り添おうとする動きというのは、言い換えれば、存在の、精神の根拠を、生身以外、思想とか政治体制とかに、過激に求めるというのは、では、ツクミやまゆり園の植松某などはどうなのだ? という話になる。体制から距離を置く、沿わないで外側に行くアウトサイダーではないが、あれを決してインサイダーとも言えない。

 とはいえ、では、同じように考えていこう。easyriderのラスト、ビリーを、キャプテンアメリカを散弾銃で撃ったどこにでもいそうなアメリカの普通の農夫は? インサイダーか?アウトサイダーか? 植松某との違いは?

 前者が、脆弱ながらそういうところにいる自分の存在そのものを主張しているのに対し、後者は領域の防衛という意識がそうさせたような気がする。

 本人は限りなく体制側であると思っているようだが、植松某は、この著作的な意味を離れれば、現在の秩序というものから限りなくアウトサイダーであるが、意識が自分の領域第一というところでの行動という意味でeasyriderのおっさんたちはインサイダーのような気がする。

 とはいえ、この辺の事をいくら考えても、益ないことであるような気がするので、ここではこの辺で切り上げる。


 若いころのオレが、アウトサイダーという語感に惹かれたのは、どこか覚者のような意味合いを感じていたからであろうかと思う。この辺がいよいよこの本の内容にかかわってくるところである。
 若い子が、いや、大多数がそう感じていないのは、それが妄想であると思っているから、と、平たく言ってしまえばそうなのだが、それは、こっちのある種の熱に侵されていた人間のだらしなさが余計に、そう思わせていたのだろう。

 日本においてはそれは顕著だけど、多分世界的に人類社会というのは退潮局面にある。そこにおいて、そういう社会をどうするかという言及薄くして、「そんなこと」を言っていられる高みの見物的な呑気さというのはいかがなものか? ということにもまして、高じて、極端なものはすでにかなり昔にオウムなんていうものが日本にはあったけれど、どうしても、インサイダーと対置してしまうと、反体制の意味を帯び、やがては醜悪な何かに変化してしまう。インサイダーと対置してしまうということは、つまりはルサンチマンの発露であり、しかし、そこは普遍的にアウトサイダーのテーマではある。


 まぁ、別に「アウトサイダー」の授業ノートを作るつもりはなく、脱線、他人様には意味不明の記述も多くなるだろうが、まぁ、本を開く前の駄言はこの辺にこの辺にしておく。

 

2022年2月1日火曜日

7328 KH400_3 &  note「アウトサイダー」/ コリン・ウィルソン 0-3

7328 KH400_3

 インサイドを仮に「フツーの」に置き換えてみる。

 アウトサイダー、「こちら側」の人間から見たら、こう見える。

 「フツーの」日本人は、皇族とは言え精々まだ30ぐらいの女の子の選んだ相手がちょっとアレだからと、ここぞと叩きまくった。このご時世、アラサーなど、まだまだ子供同然、勇み足もあろうし、地に足がついていないなんてよくあることだろうに、親の仇か人非人であるかのように、叩く叩く。
 なのに「フツーの」日本人、巨悪にはとても甘い。

 「フツーの」アメリカの白人のおっちゃんは、黒人のBlack Lives Matterデモに、家の窓から銃を向ける。でも、実際に発砲するのは、黒人たちが一人になってから。まるで、easy riderのラストみたいに、何の気負いもなく気に入らない奴を銃で撃つ。

 いやいや、そんなの普通じゃないだろ! と即座に反論来るだろうが、では、上記日本人なりアメリカ人、本当にレアケースか? やはり、寧ろ「フツー」にちかいところにいるだろ。極端ではあっても普通の範囲内。

 まぁ、普通の範囲内であっても極端なものであるとしよう。あくまで、あらかじめ疎外されたアウトサイダーからの視点では。そして、その視点からは、インサイダーは、言葉なり実際の行動なり、結構暴力的だ。

 まあ、上の事柄はいろいろかけ違いも多いのだが、以下のようなことがある。

 「更生したヤンキーが偉いみたいな言われ方するけど、ずっと普通にまじめにやってきたやつの方が偉いだろ」という、言説。まず、それをずっと埒も開けず普通にやるしかなかった奴本人がいったら終わりだろ、と。

 別に更生したヤンキーが偉いわけではないが、なんか惰性でまじめにやってるふりしかできなかった奴より、見ていて面白いのである。一つには。
 また、一般に酷い損害を与えるような犯罪行為ならばともかく、せいぜいヤンキー同士の喧嘩程度で、それでドロップアウトした後、それでもなんとか一廉の人物にまでなった、ということは、何も無理して普通というものにしがみついている必要もなく、そこから零れ落ちたって全然平気、というメッセージにもなる。

 恵まれない、哀れな「フツーの」人は、絶えず、日々自分のテリトリーや分け前がじりじり削られていくような感覚があり、それを削っているのが「普通」外の奴らだと感じいている。だから、とりあえず、マウントとられるのを何よりも嫌う。学者が、小説家が、何か自分がわからないことを書いたり言ったりすると、意味も当然理解せず、目に付いたフレーズだけを取り上げて炎上大作戦。ちょっとでもヘマこいたやつはここぞとばかりに叩く叩く。


 しかし、まぁ、ここまで書いて気が付いた、ここにいたり「アウトサイド」「インサイド」などと区別するのは、労力が必要な割にあまり意味がない。疎外感というのは、大多数が持っているものであり、それは「疎外感」と陳腐な言葉では扱いきれない面倒くさい感覚、感情だ。
 では「アウトサイダー」という著作、現代的には意義のない作品なのか?
 度々、このノートを続けながら問ていくようにする。

2022年1月30日日曜日

7327 岩戸亮介

 

7327 岩戸亮介

Ryosuke Iwato
ZX-10R 2022


7326 Marcos GT

 

7326 Marcos GT

7325 TT750

 

7325 TT750

7324 Z400GP & note「アウトサイダー」/ コリン・ウィルソン 0-2

7324 Z400GP

 アウトサイダー、アウトサイドがあるなら、当然インサイダー、インサイドもあるわけなんだが、インサイド、内側にはなにがあるのか? っていうか、「アウトサイド」「インサイド」を定義するのか? 境界は? ということになる。

 まぁ、特に今更言うまでもなく、政治的な話をすれば、インサイドとは与党、ということになるが、では野党はアウトサイドで野党議員はアウトサイダーかと言われると、そうではない。寧ろ日本ではその無能ぶりで結果的に与党を助ける準インサイダーであるともいえる。
 このコリン・ウィルソンの「アウトサイダー」的な意味合いから外れるならば、アウトロー、テロリストもアウトサイダーの括りに入るのかもしれない。一義的には、社会の標準的なものの外側、標準的であるというなら内側、ということになる。
 社会の標準的なものの考え方、フィーリングからの疎外感が大きなテーマであったと思う。しかし、まぁ、「疎外感」と書いてしまうと、陳腐であり軽いものに感じられてしまうから厄介だ。実際にそれはいかにも個人的なものであるが、「疎外感」の3文字はなにやらそれで、それぞれ個々人を全くの個別のものにしてしまい、いや、個人的なものであるから最初から連帯なんてありえないけれど、しかし、何ら他者にその処方の糸口すら期待できない、というものにしてしまうのではないか、という感覚もある。

 '90年代半ばごろより「適応障害」とか、なんとか、それは病であるという風に言われるようになってしまった。哲学や文学が敗北してしまったとその時思ったものだ。’90年代初めごろまでは、少なくともオレは、処方となる言葉を自分で探していたし、そういうものだと思っていた。その中でこの本も見つけたわけなんだけど。
 多分、ある程度、神経内科的な治療法、処方は確立しているのかもしれない。知らんけど。

 しかし、感覚的には、どうにもそれには違和感があるし、アウトサイダーをインサイドに引き入れるということ自体、正しいのかどうか、ちょっと考えなおすべきなのかもしれないように思ったりもする。


 さて、画像のZ-GPだが、旗棒にRPMの直管である。族…旧車會仕様であるともいえる。が、直管はさておいても、旗棒、絞りハンドルというのは、もともと、プレスライダーが始めた、事件現場、国会議事堂から、如何にバイクで記者の書いた記事や写真のフィルムを新聞社に、如何に早く届けるかというところから生まれたスタイルである。速さに意義があったし、弾丸のようにすり抜ける単車はカッコよく映ったのだろう。
 しかし、多分、良くは分からないがこのようなスタンダードな単車に絞りハンドルというのは、プレスライダーの単車としては’80年代前半には絶滅したスタイルだろう。250ccまでの小排気量でも十分な性能が出るようになったし、場合によってはオフロードバイクみたいなものの方が取り回しがよく小回りが利いただろうから。以降、族車にのみそのスタイルが受け継がれるようになる。おそらくやってるコ本人、何でそんな形なのかも知りはしないかもしれない。珍妙なスタイルだけ残って珍走団などと呼ばれるようになる始末である。

 で、かつて単車乗り「あちら側」「こちら側」なんて言い方をしたそうな。単車乗りに限らず、急進的なサブカル人も言ってたらしいが、何しろリアルな会話の中でそれを聞いたことはない。因みに1966年生まれであるが。
 まさしく、アウトサイダー、インサイダーなんだが、しかし、如何にもイキった言い方で、今のコはそういうものをかなり極端に忌避する。非常にかっこ悪いと感じているようだ。

 中二病というのは、伊集院光氏がラジオで言い出した言葉だと思うが、「珍走団」というのもその流れ。学生、子供の時にそういうイキったやつらにいやな思いをさせられた、代打数の「普通の」人々の心をとらえたものと思われるが、

 この「普通」というのが、とてつもなく曲者であるようにも思う。

 

7323 T33

 

7323 T33

7322 Alex Hofmann_1

 

7322 Alex Hofmann_1

Alex Hofmann
ZX-RR
Donington Park 2004


7321 Randy Mamola_14

 

7321 Randy Mamola_14

Randy Mamola
XR-35
Brandshatch 1981


2022年1月25日火曜日

7320 Z400FX_8 & ノート「アウトサイダー」/ コリン・ウィルソン 0-1

 

7320 Z400FX_8

ノート 「アウトサイダー」/ コリン・ウィルソン 0-1


 20代前半だ。京都にいたオレは、銀閣寺道の交差点近くの古本屋で、ボロボロの「アウトサイダー」という本を手に入れた。別にこの少し前、同じ題名のハリウッド青春映画に感化されたわけではない。が、言葉の響きになぜか惹かれるものがあったのだろう。


 それからの一年、片時も手元から離さず、一言一句の意味をかみしめながら、実にゆっくりとその本を読んだ。そんな読み方をした本は、後にも先にも他に一冊もない。


 大阪に行くときも、京阪電車の中でずっとそれを読んでいた。定食屋に入っても、店の少年ジャンプとかは読まずに、手に持った本の文字を追っていた。
 メモ用紙がなくて、本の内容とは全く関係ない走り書きもあったりする。一度など、四条京阪の駅で入ったトイレに紙がないので、裏表紙の一つ内側の白紙をほぐしてトイレットペーパーの代わりにした時もあった。

 結構状態の悪かった本は更にボロボロになり、自分で色画用紙を張って表紙を修理したりした。


 ほんのさっきだ。それほどの付き合いだった本の事しばらく忘れていたけれど、ふと思い出し、そうだ、あれのノート、今更ながら書いてみよう、と思い立った。

 生憎と、今、モノに埋もれてすぐには出せない。まぁ、10分ほど発掘すれば出てくるだろうが、次回にでも、如何にオレがその本をボロボロにしたか見ていただくことにして、


 それにしても、多分、おれは「アウトサイダー」という言葉に惹かれたから、あんなボロボロの本を買ったのだと思うのだが、そんなことは今のコにはありえない事だろうな、と思うのだ。本の内容を何十年ぶりかで紐とく前に、そのことについてちょっと考え込んでしまった。

 「アウトサイダー」と「アウトロー」は、一般的には類似語として考えられているようだが、この本の内容ではそうではないということになっていた。まぁ、それはそれとして、特にネットが一般のものになって以降、ネット弁慶が増えたせいもあって、随分とアウトローに対して手厳しい、だけの、社会になってしまった。だけ、と書いたのは、手厳しいことは言っても、その背景、アウトローを生み出してしまった社会の責任については触れようとしないというのが多数派であるということ。

 もっとも以前から、宥和的というか、慈愛をもって、その原因に浮きあい原因を解消していくという動きはごく少数ではあったのだが、ネットで、オレを代表とした凡夫がゴミみたいな言い分を人様になんの推敲もなく晒せる時代になってから、口汚くアウトローを詰る言葉の音量が特に大きくなったような気がする。


 この本では、アウトサイダーの社会から乖離する精神については書かれているが、反社会的行動については取り扱っていない。考えてみれば、ネットでも、社会の一般的な考え方から外れてしまっているかもしれないが、こんな私を認めてほしいという主張を目にすることは少なくないので、需要がないとは言わないが、しかし、「アウトサイダー」という言葉を今現在の社会肯定する素地というのはかなり少ないように思えるのだ。


 本文を読んでいく前に、もうちょっと、その辺考えをまとめてみようなとも思う。



2022年1月22日土曜日

7315 Marco Lucchinelli_4

 

7315 Marco Lucchinelli_4

Marco Lucchinelli
TT750
Daytona 1985


7314 Edi Stöllinger retake

 

7314 Edi Stöllinger retake

Edi Stöllinger
KR250
Misano 1980


7313 Barry Sheene MBE_3 retake

 

7313 Barry Sheene MBE_3 retake

Barry Sheene MBE
0W60 1982


7312 KZ1000MkII_10

 

7312 KZ1000MkII_10

7311 S30Z_46

 

7311 S30Z_46

 明け方、大分、宮崎の方でそれなりに大きい地震があったそうだ。プレート境界面の、割と地中深いところが震源なんだそうで、それが、境界面伝いに段々とせりあがってきたら南海トラフ地震となる。
 太平洋辺縁の地殻活動の相関、時系列の記録を見れば素人でも何か関係があるとは思うものだが、あいにくとまだ、確立された法則のようなものは見つかっていない。トンガの海底火山の大噴火、衝撃波による高潮のような津波。太平洋辺縁に限らず地球全球で地殻の活動期なんだそうだ。

 コロナ禍。なんなんだろうな、コレ。病気自体も然ることながら、社会構造の不都合、脆弱性を次々暴き、機能不全に追い込む。年寄り二人と心臓を患ったことがある初老の中年男のウチにウィルスが入り込んでしまったら、西宮の妹は3人分の葬式を出さなきゃならないことになる。

 つまりは怯えてる。地震とかコロナとか。せめて少しでも苦痛の少ない穏やかな仕舞を望んでいたのだが、それもかなわなくなるかもしれない。

 日々、目に見えて身体の機能が低下していく老いた両親。しかし、まだ二人とも存命なのだから、オレはラッキーなのかもしれない。そして遠からずそれはわが身で、しかも、その日を一人で迎えなければならない。そういうものだろうと、そのことについては諦めだけがあり、怯えとかはないけれど、ドスンと腹の奥に重しになっている。

 突き抜けたい、と、若いころ思っていた。まぁ、若いころのそれは、色恋ごとについてだったんだが、今となっては、もう、この衰え行く身体、そして精神全体について、だ。


 それはそうと、こうして、単車やらクルマやらオネエチャンやら風景やらの絵のようなものを舐ってるのだが、10000枚も描けば、遂に一廉の人物になれそうもないオレでも、なにかになれるかな?と淡い期待をもっているのだが、線を追う、色を分ける、そんな作業をやっているとき、ふと、小学生のころピアノを弾いていてバイエルの教本で鍵盤を追っかけてるときの感覚を思い出したりする。熱狂はない、が、他では案外味わうことが少ない、自分が一転に収斂されていく奇妙な楽しさだ。
 尻に感じた猛烈な横G加速G、それを思い出したり想像したりしながら、案外それで、憂鬱は少し軽くなり、とりあえず明日の分のモチベーションは回復したりする。

 そんな甲斐性もなく、ヘタレでビビりだから、アクセルを踏み込めず突き抜けて走り去るなんて遂にできそうもないけれど、それでも、どこかでそんな自分を夢想したりするときがある。


 50過ぎて会社で今やってることのために、まさか、小学生の時毎日前を通ていた鉄工所の門をくぐることになるとは思わなかったか、その鉄工所の前あたり、緩いカーブになっていて、小学校の帰り、そのカーブの向こうから、白い、普段見ないような車が走ってきた。細いバンパーの前の型のポルシェカレラ(901ボディの所謂ナローポルシェ)かな、とも、思ったが、近づくにつれてそれが、S30Zであることが分かった。そういうことがあった。まぁ、フェアレディZなら田舎でもそんなに見ないことはないけれど、すれ違う時、小学生のオレは「かっこいい~」って興奮した。
 日本車の性能が世界のトップレベルの成るにはまだ数年要する頃で、フェラーリやランボルギーニが、時速302キロとか300キロとか言ってた時に、条件が良いところを走っても200キロ何とか届くか届かないか、という時ではあったけれど、スーパーカーブームに毒されたニッポンのオトコのコにとっては、フェアレディは、ニッポンの誇りだった。

7310 Gilles Husson retake

 

7310 Gilles Husson retake

Gilles Husson
Team Gavory Z1000
BOL D'OR 1978


7309 The Pastday -station front of My Hometown

 

7309 The Pastday -station front of My Hometown

 高校の3つ上の先輩にあたるモーリー・ロバートソン氏の先年亡くなられた御母堂、ロバートソン黎子氏の実家は、我が町では、それなりに名家として知る人ぞ知る。モーリー氏の従弟は妹の小中高の同級生の雪が積もってても短パンボーイだったりして、県内ではそれなりにデカいつもりでも関係者にすぐ突き当たる。
 まぁ、でも、大学の社会学で習ったには、っていうか、講師が雑談に言ったには、日本においては、自分起点で知り合いの知り合いの、でつないでいけば、4~5人で大方の日本人につながるそうなんだが、まぁ、そんな感じで。

 パンクロック好きの高学歴の変な外人(まぁハーフなんだが)として、渋谷陽一氏のラジオとかにちょくちょく出てた30数年前は、長髪でほっそりしたイケメンだったが、いつの間にか髪の毛が薄くなり貫禄も出て、って、その辺は人のことも言えないので、その辺にして、で、なんてったっけ? 経歴詐称でバタ臭い顔の人がMC降りた番組に代わりに出るようになってから、テレビで、モーリーパイセンの顔よく見るようになったんだけど、そうなる直前の、彼のYouTubeチャンネルで、故郷訪問というVがいくつかあって、その中でも紹介されていた。

 今は取り壊されて、駅前ロータリーの一部になってしまったところにあった雑居ビル。モーリーパイセンは叫ぶように言った。「九龍城じゃねぇか!」って。オレもずっとそう思っていた。表のバスターミナル側には、ミスタードーナッツとか、旅行代理店の出店とかあったんだけど、裏側はなんか入るのためらわれる定食屋とかピンサロとか。内側は回廊式になっていて、変なところに祠があったりして、薄汚れていて。
 高校生の時だったか、暇に任せて探検したことがある。言ってみれば、ダンジョン感。上層は、実は居住施設になっていて、回廊を抜き足差し足歩いていたら、生活音が聞こえたりして、慌てて退散した。

 或いは、押井守氏の「攻殻機動隊」、ゴーストハックされた光学迷彩男を追跡している場面のシチュエーション。あんな感じ。

 突然異界に入り込んでしまったような感覚が、実はなかなか楽しかった。

 耐震強度的に、恐らく完全にアウトで、全国的にも姿を消しつつある昭和40年代の建造物。そこに息づいた人の臭いとか何とか。

 そいや、思い出した。高校の授業サボって、やはり今は無くなってしまったウチの街唯一の百貨店の昔の建物の屋上にあった、小さな遊園地っぽいスペースでぼーっとしてた時の事。一応、そういうものはそういうものとしてそこで「営業」してるんだけど、客なんて一人もいない。まだ、今みたいに人がいないなんてことはなかった中心街だったけど、見下ろすと、結構やれた感じの街並みが広がっていて、結構昼間なのに暗がりっぽいものもあったような気がした。

 それがよかった、なんてこともないのだろうが、あれは夢の事だったのではないか、というぐらい、今は何もないウチの街の駅前だ。